piece.29-2
アダリーさんの指示のもと、緊急時の巡回ローテーションが組まれた。
僕たちはレキサさんの付き添いのため、巡回要員からは外されている。僕たちがいるのは宿舎の1階にある救護室だ。
レキサさんは意識がないまま、簡単な応急処置をされ、今はベッドでセリちゃんの「痛いのとんでけ」をされている。
レキサさんの傷の手当てをしてくれた男の人は、そんなセリちゃんを腕組をしながらじっと見ていた。
僕はこの男の人の顔に見覚えがあった。
そう、ディマーズに侵入した時にシロさんが拷問しちゃった人だ。
名前は……えーと……たしか……フィルゴさん……だった気がする。
なんとなく気まずいなと思っていると、フィルゴさんが口を開いた。
「傷自体は大したことはない。打撲と擦り傷だ。この程度の怪我でレキサが参るとは思えないんだがな。弱り方が異常だ」
「……首に小さな刺し傷がある。たぶん、これのせいだよ……」
静かなセリちゃんの声を聴いた瞬間、ぎくんと僕の心臓が跳ねた。
フィルゴさんが眉を寄せ、あの時のことを思い出したのか自分の首をさすりながらレキサさんの首元をのぞき込んだ。
「……刺し傷?」
セリちゃんはほんの少しレキサさんの首の向きを変えて、その場所をフィルゴさんに見せる。
「ほら、ここ。見えにくい場所だから見落とすのも仕方ないと思う。
そうだな……這ってたってことは、たぶん、しびれ薬とか、体の力を奪うようなものを刺されたんだと思う。呼吸も脈も、瞳も見たけど……危ないものではなさそうな気がする。詳しくないから、当たってる自信はないけど。
でも、レキサが弱ってるのは、そのせいだと思う……。そんなに長い間作用するものじゃなさそうな気がするから、もう少ししたら動けるようになるとは思うんだけど」
「へーえ、物知りだな、初代」
そう言ったフィルゴさんの声が、探るように聞こえたのは僕の考えすぎではない気がした。
セリちゃんは疲れた笑みを浮かべてフィルゴさんへ顔を向けた。
「……どうだろ、物知りっていうのかな……?
ただ単に昔、こういうのを問答無用で刺されて、10秒以内に解毒剤を当てないと罰ゲームっていうのをやらされたことがあるんだよね。
だからなんとなく大丈夫かどうかは分かるって程度なんだけど」
「……なんか……ちょっとお前に同情する……」
「え? どうしたのフィルゴ、珍しく私に優しいね? 具合でも悪いの?」
セリちゃんはおどけて笑うけれど、声に元気がない。
きっと、セリちゃんやフィルゴさん、そして僕の頭の中では、同じ人の顔が浮かんでいると思った。
レキサさんに怪我を負わせ、ディマーズのボスを拘束している犯人――。
だけど、僕にはどうしても信じられなかった。
だって、シロさんが意味もなくレキサさんやメトトレイさんを傷つけるなんて――。
そんなシロさんは想像できなかったから。




