piece.28-7
「ま、あほたれと一緒は勘弁だし、お前があほたれから離れるわけねえし、冗談だよ、冗談」
そう言ってシロさんは僕から背を向ける。
後ろ背に手を振りながら――。
あわててその背中へ声をかけた。
「オ……オレ! さっきも言ったけど、セリちゃんとシロさん、同じくらい好きだよ! どっちも大事だよ! どっちかなんて選べないよ! だからシロさん……っ」
途中で言葉が出なくなる。
急に振り向いたシロさんに口をふさがれたから――。
シロさんの口の中に入っていた、小さな甘い塊が僕の口に移される。
「――っ!? シロさん!?」
微笑みを浮かべたシロさんの顔が、すぐ目の前にあった。
その顔があまりにもきれいすぎて、僕は思わず息をのんだ。
「試食もらったんだけど甘すぎてもういらねえからお前にやる。砂糖菓子だってさ、毒じゃねえから安心しろって」
「……そ……! そういうことじゃなくて! 今チューした!? 僕にチューした!?」
今シロさん僕にチューした? こんな公衆の面前で僕にチューした?
したよね? だって周りの人たちびっくりしてこっち見てるもん!
シロさんがお菓子買った屋台の女の子が顔真っ赤にして目キラキラさせて僕たち見てるもん!
「サービスだサービス。良かったなあ、俺は気に入った女にだってあんまりしないんだぞ? レアだレア。ありがたくもらっとけ」
シロさん!? なんでそんなに普通に笑ってんのさ!? おかしくない!?
ああもうヤダ。本当にこの人、何考えてるのか全然わからないしわかる気がしない。
僕はもう怒る気力も叫ぶ気力もなくなり、大きくため息をついて肩を落とした。
「……全然レアじゃないよ。だってオレ、初日からひどいの食らったし。
だいたいシロさんは酔ったり寝ぼけてるとだいたいオレに抱きついてきたり、チューしようとしてきたり、大変だったんだよ?」
「は? なんだよそれ」
すっとぼけた顔のシロさんに頭痛がしてくる。
そうですか、やっぱり何にも覚えてないですか。じゃあもうここで言わせてもらうからね!
「言葉通りの意味! シロさんは大体寝起きは起き掛けに僕にチューしようとしてきたし、酔ったシロさんを部屋へ運ぼうとすれば、甘えてスリスリしてきてめんどくさかったし、大変だったんですー!」
ついに――ついに言ってやった! 言ってやったぞ!
どうだシロさん! 恥ずかしいだろう!
さあ! 恥ずかしい話を人前でされる恥ずかしさを思い知れ! 僕がどんなに恥ずかしい思いをしたかを思い知るのだ!
「俺が? お前に? ……ほぉーん……」
シロさんはまだ理解できていないらしく、なにやら考え込んでいる。
でもきっと恥ずかしくなってくるはずだ。僕に恥ずかしい姿を見せちゃったことが恥ずかしくてたまらなくなるはずだ。
そんで赤くなっちゃったり照れちゃったりするはずだ。
さあ照れろ! 恥ずかしがれ! シロさん!
「……ぶ!」
だがしかし、僕の予想とは反してシロさんは吹き出した。
「ぶは! やべえ……っ! ……くくく……っ。やっぱお前、最高におもしれーや!
あはははは! こりゃいいや!」
シロさんは大きく口を開け、楽しそうに笑っている。
こんなに楽しそうに笑っているシロさんはすごく珍しかった。
「あー、笑った笑った。あー……最高の気分だ……。
じゃあな、楽しかったぜカイン。ありがとうな」
そう言うとシロさんは僕の頭を乱暴に撫でる。
頭を強く押され、よろけた僕が油断したすきに、シロさんはあっという間に人ごみに紛れていなくなってしまった。
「シロさん……」
僕の手には、シロさんに渡された砂糖菓子の袋がひとつ――。
そして、またしても変な違和感を感じ、僕は懐をまさぐった。
「――うわ! ない……!」
またしてもシロさんにお金をすられてしまっていた。
「こら――! シロさ――ん! 逃げるな――っ! 僕のお金返せ――っ!!」
しかし、僕がどんなに声をからして呼んでも、走り回って探しても、シロさんの姿を見つけることはできなかったのだった。




