piece.28-5
結局肉をおごらされたけれど、なんとか無事にお金を返してもらった僕は、今度こそお金の入った革袋を簡単にすられないように懐深くにしまいこんだ。
「……で? シロさんはなんでまた昨日の夜はディマーズの建物に忍び込んでたの?」
2本目の串を食べながら、僕とシロさんは屋台を物色しながらぶらついていた。
「んー? まあ暇だったし、気まぐれってやつ? たしか、お前が前言ってただろ? 『あほたれと話しないのか?』って。
それ思い出して、なら話でもしに行ってやろうかなあ〜って思ったわけだけど……。
いやあ……昨晩はとてもとてもお忙しかったようで」
「もうその話やめて。怒るよ」
ニヤニヤ笑いのシロさんを僕は睨んで黙らせる。
「じゃあシロさんは昨日、セリちゃんに会いに来てたんだ」
僕が尋ねると、シロさんは近くの屋台の売り物へ興味を示した。
でもその動きは、なんだか僕と目を合わせたくなくて、避けたみたいに見えてしまった。
僕の気のせいかもしれないけど。
商品の方を向いたままでシロさんは話す。
「会って話すようなネタなんか特になんにもねえけどな。まあ、向こうがビビる顔見て楽しむくらいか」
シロさんがどんな顔をしながら話してるのかは、僕からは見えない。
でも、シロさんの声を聞いてたら……なぜか胸が苦しくなった。
「……ねえシロさん、ディマーズで治療してもらいなよ」
気がついたら僕の口からそんな言葉が出ていた。
「はあ?」
訝しげな顔で振り返ったシロさんに、僕は言葉を続けた。
「シロさん、アスパードのとき……すごく変だったよ。セリちゃんは違うって言うけど……やっぱりアスパードの毒が移ったんだよ。
……でもたぶん、変なのはもっと前からだよシロさん。シロさんがナナクサの格好をしてる時もおかしかった。シロさんじゃないみたいだった。きっと、シロさんにはかなり毒がたまってきてるんだよ。手遅れにならないうちに治療してもらった方がいい。僕も頼むから」
シロさんは僕の話をだるそうに頭をかきながら聞いていた。
「治療ねえ……。やったところで無駄くせえ気しかしねえなあ」
「そんなことないよ。セリちゃんも元気になったんだよ。
シロさんとセリちゃんが今までどんなことをしてたか……僕は詳しく知らないし、分からないけど……そういうことをこの先も続ける必要なんかないと思うし、シロさんがやりたくないことなら、やらなくていいと思うし……普通の人みたいに……生きてほしいっていうか……。『世界のために汚れて死ね』なんて、絶対にそんなのおかしいと思うし。
それに僕は、シロさんがナナクサをやりたくてやってるようには、どうしても見えないんだ」
シロさんの冷たい目が、僕をまっすぐ見つめていた。
僕もその視線を真正面から受け止めて、シロさんを見つめ返した。
シロさんの黒い瞳の奥へと、引き込まれそうになる。
シロさんが見てきた世界――。
そこはきっと、僕には想像もつかないような真っ黒な世界なんだと思う。
もしかしたら怒らせちゃったかな。きっと踏み込みすぎたよな。
だけど後悔はしてない。
思い起こせば最初の頃は、シロさんがこういう顔をして僕をひと睨みするたびに、僕は勝手に怖がって、その話題を続けないようにしていた気がする。
シロさんが本気を出せば、僕なんかきっと一瞬で殺される。それもあって、シロさんのことが怖いと思ってたこともあった。
怒らせないようにしようと思っていたこともあった。
でも――そんな怖い人と、なんで僕はこんなにずっと一緒にいれたんだろうって思うと、それはやっぱり、シロさんは本当は怖い人じゃないからなんだと思う。
普通に冗談を言ったり、意地悪をしてきたりする、普通のちょっと――じゃないレベルだけど――ケンカが強いお兄さんなだけなんだと思う。
僕はシロさんと見つめ合ったまま、シロさんの次の言葉を待った。
先に視線をそらしたのはシロさんの方だった。
「お前さあ、例えばさあ……お前が結構気に入ってるやつがいたとすんじゃん?
そいつがさあ、お前が昔に人からされた嫌なこととかをさあ、自分と同じように経験したりしたら、嬉しいとか思ったりする?」
「……ん?」
シロさんの質問が突然過ぎて、頭が全然追いつかなかった。




