piece.27-7
ディマーズのボスがゆっくりと僕に近づいてくる。
「ふふ、二代目……ね。あなたがセリさんに好意を持ってることはレミケイドから聞いてるわ。
うちの浴場をセリさんに続いてまた真っ赤にしてしまったのも、微笑ましくて平和な笑い話で済む話よ。
でもね――」
顔には優しそうな微笑みを張り付けてはいるけれど、その目は笑っていなかった。
「これ以上セリさんの真似をしたらだめよ。いい?
あなたはセリさんを止めなくてはいけないの。二代目なんて呼ばれて喜んでいてはだめよ。わかった?」
至近距離で見つめられ、その目に射抜かれた僕は息をするのも忘れた。
冷たい声とともに放たれた言葉が、僕の中に深く突き刺さる。
僕が――セリちゃんを止めなくちゃいけない……?
「いい子ね。甘いお菓子はお好き? お土産を買ってきてあげるわね」
今度は本当に優しそうな笑みを浮かべて、ディマーズのボスは去っていった。
僕はしばらくの間、そこから動くことができなかった。
胸の音が早鐘のようにやかましい。
体が自分のものじゃないみたいに言うことを聞かなかった。
「おーい、レキサ~? まだいるか~?」
ゼルヤさんが部屋に顔を出した。
急に部屋の空気が軽くなり、体がようやく僕の言うことを聞いてくれるようになった。
「あ……レキサさんなら、さっきボスの人と街へ買い物に行っちゃいました」
僕が答えると、ゼルヤさんがニヤニヤ楽しそうに笑った。
もしかしてまた昨日の夜の話をしだすのかと思わず身構えてしまったが、ゼルヤさんの話はまったく違う話題だった。
「……ここだけの話な、レミケイドが帰って来てから、ボスのレミケイド使いが半端なくてさ。
どんだけレミケイドに恨みたまってんだよ、嫌がらせエグすぎだろとか思ったらさ、なーんてことはない、坊ちゃんとデートしたくてしょうがなかったんだよな、あの人。
ホント、ボスの息子への溺愛がすごくて参った参った。おかげでレミケイドの機嫌がどんどん悪くなってて、ちょっとふざけただけで当たりが強いのなんのってもうホントたまんないよな。
ただいるだけでもピリピリすんのにさあ、自分のストレスを人にぶつけないで欲しいよなー。おちおち冗談も口にできないぜ」
どうしたんだろうゼルヤさん。
もしかしてただ単に愚痴を言いに来ただけなのかな?
「レキサが街に行くならついでに買ってきて欲しいもんがあったんだけど、間に合わなかったんならしょうがねえもんな」
「あ、そうだったんですか。僕で良ければ、代わりに行ってきましょうか?」
「まじで? じゃあ頼んじゃおっかなー! ちょーっとマニアックな店で怪しげだけど、やばい店じゃないから。
俺の名前出せば品物出してくれるからさ。んじゃこれ代金な。釣りはやるよ。なんかうまいもんでも買ってくれや」
僕はゼルヤさんから店までの簡単な地図を書いてもらうと、久しぶりにリリーパスの街へ出かけることになった。
昼間の大通りは人が多い。
店は活気づいていて、にぎやかだ。
大きな噴水のある広間の、小さなテントが目に入る。
とても見覚えのある濃い青のテント――。
ステラが星読をするときに使ってるものと同じ色と大きさのテントだった。
そしてそのテントの前には、やはり既視感を覚える女性たちの行列が――。
「お! カイン!? ひさしぶりー! やっぱお嬢の言った通り、ここにいたんだな!」
僕に気づいたワナームさんが手を上げて駆け寄ってきてくれた。
僕がリリーパスにいることが分かってたみたいな口ぶりだ。星読で当てたんだとしたら、やっぱりステラの占いってすごい。
「ワナームさん! うわー! 久しぶり! みんなは元気だった?」
僕も嬉しくなって駆け寄った。
「ああもちろん。じっさまはほら、そこで寝てるし」
ワナームさんが指さした先には、テントの裏側の陰で腰かけているブライトさんの姿があった。
「寝とらん寝とらん。起きとる起きとる」
「なんだ紛らわしいな。じっさま目が開いてないから黙ってると起きてるか寝てるか見分けがつかねえや」
二人の会話を聞いてると、なんだかすごく懐かしくて嬉しくなってくる。
この二人に会うの、どれくらいぶりだろう。




