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流転するアルケウス ~inherited Meme~  作者: イトウ モリ
第1章 余光の赤 ~initiation~
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piece.1-3




 誰かが歩いてくる気配がして、僕は目を覚ました。

 いつの間にか、もう朝になっている。


 こんな汚い路地を通るなんて、一体どんな人だろう。


 街の人たちは、(くさ)くなくて、ゴミがなくて、きれいで広い路地を使う。

 きれいな路地は、人のための路地だ。


 だから僕みたいなゴミが身を潜めて、ゆっくり眠れるような路地は、汚くて狭くて臭い路地しかない。


 でもその路地にもゴミ同士の縄張りがあって、勝手に使っていると痛い目に遭う。


 僕みたいにケンカも強くない小さなゴミは、誰の縄張りでもない路地をいつも必死で探している。

 弱いゴミはせっかく見つけた居場所だって、すぐに追いだされてしまうからだ。


 すぐに逃げられるように体勢を整えると、「わ。人がいた」と、声がした。


 この声――知ってる……!


 やっぱり昨日のフードの人。【皆殺し(ブラッド・バス)のセリ】さんだ。


「昨日の、あの……っ!」


 僕が声を出すと、その人はかぶっているフードを外して僕の前にかがみこんだ。


「ああ、昨日の子だね。ここキミの家? 悪いね、お邪魔しちゃって。寝てるとこ、起こしちゃった?」


 微笑むその人は、とても皆殺しをするような人には見えなかった。


「宿屋追い出されちゃってさ。ばかバルのせいで。

 人がせっかく偽名使ってゆっくり休もうと思ってたのにセリセリセリセリ呼ぶからさ。あいつホントいい加減にしてほしい」


「……追いかけられてるの?」


 思わずたずねてしまった。【皆殺しのセリ】さんに。

 でもセリさんは全然怖くない――むしろとても優しそうな顔をして答えてくれた。


 でもなんだろう。

 僕はその笑顔をみたら、胸がつん、と変な気分になった。


「うん。人をいっぱい殺してしまったの。傷つかなくていい人たちまで傷つけてしまってね。本当は私みたいな危ないやつは早く捕まった方がいいんだろうけど……。

 でも、道中で会った占い師がさ、このまま行けっていうもんだから。

 とりあえずそいつの言うこと信じて、行けるところまで行ってみようと思ってさ」


 そこでセリさんのお腹がぐぅぅぅぅと鳴った。さらにきゅるきゅるとかわいい音が続く。


「……お腹、減っちゃってさ。でも昨日つい大騒ぎしちゃったし、屋台のところまで出ていくの面倒だなって思っててさ」


 路地が(ひら)けた先のパン屋を指さすセリさん。お腹の音が恥ずかしかったのか、ちょっと顔が赤くなっていた。


 そこのパン屋なら、レネーマのおつかいで何度か買いに行ったことがある。たまに古いパンを僕にくれたこともある。でもしょっちゅう行くとすごく嫌そうな顔をする。


 このあいだ、古くなったパンをもらったばかりだ。

 だからこれ以上近づくと、二度とパンを分けてもらえなくなるかもしれない。


「お金があれば買ってあげられるんだけど……」


 僕がつぶやくとセリさんは、目を大きく開いて嬉しそうに笑った。


「ホント? 頼んでいい? お金はこれで足りるかな? キミの食べたいのも一緒に買っておいで。

 一緒に食べようよ。あ、そうだ。キミの名前まだ聞いてなかった。教えてくれる?」


 僕の名前? 僕はゴミなのに?


 ゴミにしか呼ばれない僕の名前を、どうしてこの人は知りたいというのだろう。この人はどうみてもゴミじゃなさそうなのに。


 街の人は誰も僕の名前なんて知らない。知ろうともしない。

 僕のことを見ようともしない。それかすごく嫌な目で見る。そのどっちでもない目をして、セリさんは僕のことを見る。


「……カイン、です」


「カインね。

 私はセリ。あ、でも一応お尋ね者だから『トーキ』って偽名の方を使ってる。まあもうバレちゃったから『セリ』でいいけど」


「……セリ、さん」


 僕はすごくドキドキしながら名前を呼んでみた。レネーマ以外の女の人の名前なんて、初めて声に出すかもしれない。


「さん付けはヤダな。セリでいいよ」


 セリさんはそういうけれど、呼び捨てするのは僕の方が無理だった。


「……じゃあ、セリ……ちゃん?」


 僕がおそるおそる口にすると、セリさんはさっきよりももっと大きく目を開いて、それからすごく優しい顔で笑ってくれた。


「……それいいね。じゃ、それで決定」


 どうしてだろう。

 僕の胸の奥がまたつん、ってなった。


 僕は【セリちゃん】からお金をもらうと、急いでパンを買いに行った。

 お金なんか持っているところを他のゴミに見つかったら大変だからだ。


 今まで買ったことがないくらいの、両手で抱えるほどのパンを持って、僕はセリちゃんのところへ急いだ。

 こんなところで食べ物を持っているところを他のゴミに見つかったら、奪い取られてしまうからだ。


「お帰りカイン。ありがとう」


 僕はなにを言われたか、よくわからなかった。『お帰り』も『ありがとう』も今まで一度も言われたことがない言葉だったから。


 僕がとまどっているのに気づいたセリちゃんが、優しく笑う。


「さ、食べようカイン。おつかいのごほうびに、先にカインから食べたいの選びな?」


「え? だってセリちゃんのお金だよ?」


「お金だけあっても買えないと食べれないわけだし。買ってくれたのはカインでしょ? 功労者が一番乗りで決まり。

 ほら、カインが選んでくれないと私が食べられないよ」


 そう言ってセリちゃんは笑う。

 セリちゃんはレネーマと全然違う。


「……じゃあ、これ」


 怒られないかビクビクしながら、僕は薄切り肉が挟まったパンを手に取った。肉なんてほとんど食べたことがなかった。


 セリちゃんは、僕が選んだものを見ても怒ったりしなかった。


「んじゃ私はこれ。じゃいただきます」

「……?」


 セリちゃんが目を閉じて食べ物にあいさつをしたので、僕はじっと見つめてしまった。


「あれ? この辺だと言わない風習かな? 『生き物の命をもらいます。ありがとう』っていうあいさつだよ」


 きっとゴミじゃない人たちが使うあいさつなのかもしれない。レネーマが言っているのを聞いたことがなかった。


「……いただきます」


 僕がセリちゃんの真似をして言うと、セリちゃんはとても優しく笑ってくれた。


 不思議だった。


 僕はセリちゃんのことが、もう怖いと思わなかった。

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