piece.27-1
甘くしびれるような余韻。
心地よい倦怠感。
きっと、これが幸せなんだと思う。
今、僕のすぐ傍に幸せがある。
僕の手がすぐ届くところに……。
すべてが満たされたような安心感に酔いしれながら、僕は手を伸ばした。
もう一度セリちゃんのぬくもりを感じたくて。
もう一度、腕の中に抱きしめたくて。
だけど、すぐ傍にいるはずのセリちゃんに、僕の手はいつまでも届かない。
指先で感じるのは、冷たいシーツの感触だけ――。
嫌な予感がして目を開けると、視界に広がるのは暗闇だけ。
そこには誰もいない。
僕の目に映るのは、伸ばした僕の手だけだった。
セリちゃんが――いない……!?
「――ッセ……!」
慌ててベッドから飛び起きた僕の目の前にいたのは、暗い部屋の中で明かりもつけずに、大きなパンを頬張るセリちゃんだった。
「ふぁい?」
暗がりでちょこんと椅子に座ったセリちゃんは、黙々とパンを食べていた。
セリちゃんの姿を確認できた瞬間、僕の体から一気に力が抜けてしまう。
「はぁ、良かったぁ……。んもー、セリちゃんがいなくなっちゃったのかと思ったよ」
「ほへん、ひゅうひほははへっひゃっへひゃ」
何を言ってるのかさっぱり分からない。
セリちゃんは黙々とパンを頬張っている。随分と具をたくさん挟み込んだパンみたいだ。
テーブルにも、まだ手つかずのパンが積まれている。いったいこのパンはどこから調達してきたのだろう。
部屋の中はまだ暗い。たぶん夜明けくらいの時間だと思う。
それにしてもパン多すぎじゃない?
まさかセリちゃん、これ一人で食べる気? これって夜食? それとも朝食? でも朝は朝で食事出るよね? 大丈夫なの? セリちゃん、どうしちゃったの?
セリちゃんが飲み物で口の中のパンを流し込むと、ちょっと照れたように笑った。
「ごめんごめん、なんか急にお腹空いちゃってさ。こっそり食糧庫に忍び込んで頂戴してきちゃったんだよね。あ、カインも食べる?」
僕はパンよりもセリちゃんのおかわりがしたい。
そう言ったらセリちゃんはどんな反応をするだろう。
……あれ……?
……あ……なんか……嫌な予感がするぞ……。
ねえ、ちょっと待ってセリちゃん?
昨日の夜、あんなことがあった後なのに、なに普通にパンをモリモリ食べてるの?
なんかさ、もっとさ、ああいうことがあった次の日の朝っていうのはさ、もっとさ、なんかさ……もっとなんか余韻的なものとかがあっても良くない?
あれ……? なんか嫌な予感がしてきたぞ……。
え……? もしかして……昨日の夜って、実は何もなかったりするとか……?
いやまさか! そんなはずない! だって僕は今服着てないし!
それってつまりそういうことじゃないの? え? 僕だけ裸? なんで? セリちゃんは?
セリちゃんはどうしてもう服着ちゃってるの?
しかも部屋着じゃなくてそれディマーズの制服だよ? 早起きすぎじゃない?
ねえ余韻は? 昨日の余韻は?
もしかして昨日の夜の出来事は、お酒が見せた僕の願望という名の幻だったの?
「……あ、あのぉ……セ……セリ……ちゃん……?」
「……ふぁい?」
セリちゃんはまた大きな口を開けてパンにかじりついたところだった。
「昨日の夜のこと……覚えてる?」
むしゃむしゃ……。
静かすぎる部屋で、セリちゃんの咀嚼音だけが響く。
もしかして、やっぱりあれは僕の夢……?
でもそんなはずない。夢なんかじゃ絶対にない。
僕は全部はっきり覚えてるし! 感触だってしっかり覚えてるし!
セリちゃんが飲み物に口をつける。
テーブルの上にコップが置かれた音が、静かすぎる部屋の中でやけに大きく聞こえた。
「んー……ごめんねカイン、なんか私ね、相当酔っ払ってたみたいであんまり昨日のことは覚えてないんだよね。もしかして……何かあったりした?」
……お……覚えてない……!?
そんな……そんなぁ……!




