peace.26-4
「……カイン? まさか私の治療を受けさせられるような、とんでもない悪いことしちゃったの? レミケイドの書類にインクこぼしたり、封しちゃいけない封筒に封をしちゃったりとか……」
僕は首を横に振った。
正直、今セリちゃんの例に挙げたとんでもなく悪いことの例えが変すぎてピンとこなかったというのもあるけれど。
僕の横でレミケイドさんが「それは君がやったやつだ」と小さな声でぼやいた。そのあと気を取り直すように一度嘆息すると、はっきりと告げた。
「彼になら、君も治療の加減ができると判断した。結果次第で君の処遇が変わる。やってみてくれ」
セリちゃんが明らかに怯んだ。
「無理だよ……。それで今まで私がここのみんなをどれだけダウンさせてきたと思ってるの」
……そういえば、エピーが言ってたな。セリちゃんはアダリーさんを抜いて、治療されたくないランキング第一位に輝いたとかなんとか。
「できるはずだ。やってみてくれ」
念を押すレミケイドさんの言葉をさえぎって、セリちゃんは首を左右に激しく振った。
「無理だよ。する必要ないでしょ。ゼルヤが言ってたよ。どこにも毒の気配なんかしないって。ただでさえ毒がない人に私の治療なんか危なくてやっちゃダメだってば」
「ごくわずかだが根深い毒の残滓がある。消せとは言わない。弱らせるだけでもいい。やり方は任せる」
「任せないでよ。そんなに気になるならレミケイドがやればいいでしょ。
もう! カイン、やっぱりなんか悪いことしたんでしょ? レミケイド怒らせるとめんどくさいんだよ! いつまでも根に持ってネチネチ文句言ってくるしさ。謝っときなって、悪いこと言わないから」
セリちゃんの矛先が僕に向いた。でも僕はレミケイドさんを怒らせてはいないと思う。たぶん。
「君の今後の処遇に関わることだ。君に拒否権はない。速やかにやれ」
レミケイドさんの声が低くなり、命令口調になった。
さすがにそろそろ冗談を言い合っている場合じゃなさそうな気がする。セリちゃんにもそれが伝わったのか、口をへの字に曲げて「冷血漢め」とぼやきながら、しぶしぶ僕の方へと向き合った。
だけどすぐにセリちゃんの目は真剣な眼差しに変わり、レミケイドさんを睨んだ。
「……レミケイドの嘘つき。やっぱりカインに毒なんてないよ」
睨まれたレミケイドさんはわずかに首を横に振った。
「ある。君の毒と親和性が高いタイプだ。集中しろ」
セリちゃんは困惑したようにレミケイドさんを見つめるけれど、これ以上レミケイドさんは何も言わなかった。
セリちゃんは僕の手に自分の手を重ねると目を閉じて集中を始める。
それからどれくらい時間が経っただろうか。
「――あ。視えた気がする。……これを治療すればいいってことね」
ゆっくりと目を開けたセリちゃんへ、レミケイドさんが片手を上げて制した。
「やるなら片手ずつ2回に分けてくれ」
セリちゃんがぎょっとした顔で悲鳴をあげた。
「なにレミケイド、それこそ正気の沙汰じゃないよ! 右と左で2回も受けたら、数日は寝たきりだよ! なんでカインにそこまでの仕打ちを!?」
「その迷いが命取りになるぞブラッド・バス。早急に施術を開始」
有無を言わさぬレミケイドさんの鋭い叱責が飛ぶ。レミケイドさんまでセリちゃんをブラッド・バスって呼んだことにも驚いたけど――。
それよりちょっと待って。いま数日寝たきりって言った? え? もしかしてこれってシロさんの罰ゲームみたいな状況だったりする?
もしかして、僕って今かなりピンチみたいな状況だったりする?
僕の頭がまだ状況の把握ができていないうちに、セリちゃんは僕の右手を両手で握った。
「――カインごめんっ!」
「はうっ!?」
僕の全身を激しい衝撃が走り抜けていった。




