piece.3-13
僕がセリちゃんのおつかいを済ませて部屋に入ろうとすると、セリちゃんの声が聞こえた。
バルさんがいるのかな、と思ってドアノブに手をかけると――、「やめなよセリ。本当に殺されちゃうよ」と、女の人の声がした。
ドアノブに触れたまま僕は動きを止める。息を殺して耳をすませた。
「……うん。でも…………帰りたい」
「そんな目に遭わされといて……!」
「でも……私…………だめ…………」
「セリ……」
いきなり肩がつかまれた。僕は危うく出そうになった悲鳴をなんとか抑え込んだ。
「何してんだカイン? なに突っ立ってるんだ?」
バルさんだった。僕の胸が破裂しそうなくらいバクバクと音を立てている。
「あ……うん、えっと……」
「入るぞー」
バルさんがドアを開けると、部屋にはセリちゃん一人しかいなかった。
――あれ? 絶対に女の人の声がしたはずなのに……。
「どうしたのカイン? 私の顔に何かついてる?」
セリちゃんがじっと僕の顔を見たので、あわててごまかした。
「あ、ううん! 顔色が良くなったなって思って……!」
自分で言いながら、すごく上手に嘘がつけたことに驚いた。
なんとなく立ち聞きしてたことは、セリちゃんにバレない方がいいような気がした。それにさっきまで話をしていたはずの人が消えていることも不思議でしょうがなかった。
「カインのおかげだよ。……あ、うんうん、分かってるって。バルもねバルも」
僕の隣で、自分のことを一生懸命指さしてアピールしているバルさんを見ながら、セリちゃんが困ったように笑う。
「……あのキャラバンは、もう街を出ていったみたいだね」
セリちゃんが窓の外を見ながらつぶやいた。僕はさっきまで頼まれていたおつかい――キャラバンの次の行き先の聞き込み――の報告をする。
「うん。昨日にはもう誰もいなくなってたって。街道を西に行った先にある、すごいお金持ちの人に呼ばれてるって言ってたよ」
「ありがとうカイン、調べてきてくれて……」
あれ? どうしてだろう。
セリちゃんの笑顔を見て、僕の胸がつん、ってなる。
「カインごめんね……。ここでさよならだ」
僕は何を言われたか分からずに、セリちゃんを見つめた。
「カインのことは、ここの宿屋のおかみさんにお願いしといた。大人になって、自分の力で生きていけるようになるまで世話してくれるって約束してくれたから……。お金もカインにいくらか預けとくから、困ったことがあったら使ってね」
セリちゃんが僕の方を見ながら何かしゃべっている。でも僕は何を言われているのか、さっぱり分からなかった。
「……セリちゃん? ……なに言ってるの?」
「このまま私と一緒にいたら、カインはたぶん殺されちゃう。私は……カインに死んでほしくない。生きててほしい。だからこの街で、平和に暮らして……お願い……」
セリちゃんが優しく笑う。
笑っているセリちゃんを見ても、僕は全然嬉しい気持ちにならなかった。
セリちゃんがようやく元気になって、僕の名前を呼んでくれて、笑ってくれてるのに。
ちっとも嬉しくなかった。
なんで? なんで笑うのセリちゃん……平和に暮らすって何?
セリちゃんがいないところでなんて、僕はちっとも暮らしたいなんて思わない。
僕にとっては、セリちゃんの隣が一番安心できる場所なのに――!
苦しくて、息ができなくて、喉が詰まって苦しい。僕の奥から熱いものがせり上がっていく。
「嫌だ! こんな誰も知らないところに一人ぼっちにしないでよ! 僕、ちゃんとセリちゃんの役に立ったじゃん! 薬だってもらってきた! それでセリちゃんは治ったんだよ! なんで置いていこうとするの!? ひどいよ!!」
「カイン……。ごめん……お願い……わかって……」
わかるわけない。
僕は死ぬのなんか全然怖くない。もともとセリちゃんに会うまでは死んでたのとおんなじだったんだ。セリちゃんと離れる方が何倍も何倍も死ぬよりつらい。
どうしたらセリちゃんに僕の気持ち、分かってもらえるんだろう。
僕はセリちゃんが何を考えているか、さっぱり分からなかった。
「わかんないよ! セリちゃんは僕をレネーマから買ったんでしょ!? 簡単に捨てないでよ! 僕のこと、いらないなんて言うなら、最初っから連れて行こうなんてしないでよ! そんなの……最低だよ!!」
僕の口から言葉が止まらない。セリちゃんが泣きそうな顔をした。
でも僕だって涙が止まらなかった。
違う。違うんだ……! 僕が言いたいのはこんなことじゃない! 僕が言いたいのはそうじゃない。
なのに、言葉が勝手に出てきてしまう。今しゃべってるのは、絶対に僕じゃない誰かだ。絶対にそうに決まってる。
全身が熱い。
自分の中から激しい何かがどんどんあふれてくる。大きな声を出さなければ、破裂してしまいそうだった。
「カイン……」
「僕のこと置いていったら許さないから!」
僕は最後にそう怒鳴ると、ドアを開けて部屋を飛び出した。
僕の言葉がセリちゃんを傷つけていた。それはわかっていた。
それが、すごく嫌だった。




