peace.26-2
奥の部屋へと案内され、中に入るとすでに誰か人が待っていた。部屋にいた男の人の顔に、僕は見覚えがあった。
たしか、この人は――……。
記憶を探っていると僕の背後で扉が閉まり、鍵のかかる音がした。
嫌な予感がして振り返ると、扉の鍵をかけたレミケイドさんが僕を冷ややかに見つめていた。
……閉じ込められた。
僕の頭の中で、二人の僕が言い争っている。
早く逃げろという僕と、もうこの状況じゃ無理だという僕の二人が。
レミケイドさんは奥にいる男の人を目線で示し、僕に尋ねた。
「この男の顔を覚えているか」
決して声を荒げているわけではない。
むしろその逆で、静かで低く、ささやくような声だった。
なのに怖い。
顔が怖い。声が怖い。すべてが怖い。
静かだし無表情だけど雰囲気がとてつもなく怖い。
僕のことを人として見ていない。
まるで物を見るような目で、僕のことを見ていた。
ディマーズに毒持ちとして認識されるということ。
ディマーズに害をなす相手と認識されることの恐ろしさを、僕は今ここに来てようやく理解した。
僕は今、レミケイドさんに尋問されている。
自分の置かれている立場を否応なく思い知らされた。
そして正直に話す以外、ここから解放してもらえないということも察した。
「もう一度だけ聞く。この男の顔を覚えているか」
静かに、ゆっくりと。
レミケイドさんが僕に同じ問いを重ねてきた。
おそらく、次はもうない。
覚えている。……というより今、思い出した。
シロさんが拷問したお兄さんだ。
思い出した途端、冷や汗が流れていく。
僕の頭の中で、僕が今レミケイドさんからどういう人物だと思われているかの予想が駆け巡った。
「ご、ごごごごめんなさい! 僕……この人にひどいことしました! セリちゃんの居場所を知りたくて……! それで……!」
「やったのは君ではないそうだ。誰をかばっている」
レミケイドさんの目に鋭さが増す。
僕は失言に気づき、パニックになった。
しまった! そうだった! 僕一人で潜入したって言っちゃってた気がする!
シロさんといるとこ普通に見られてたんだった!
なんでそんなこと言っちゃったんだろ! もうバカカイン! もっと考えてしゃべれよバカ!
それもこれもシロさんが最後にセリちゃんのこと蹴っ飛ばして吹っ飛ばしたりするからだよ!
あれがなかったらもうちょっと僕は冷静にいろいろやれてたはずなんだ!
そうだ! シロさんが悪いんだ! シロさんがセリちゃんを蹴ったのが全部悪い! そのあとセリちゃんにひどいこと言ってたし! いや待て待て今はそんなこと考えてる場合じゃないだろ! 落ち着けカイン!
「かか、かばってません! その人、最後にセリちゃんにとんでもないことしてくれたせいで、僕、気が動転しちゃってて、それでいろいろ慌ててしまって、えっと、えっと、それで言っておいた方がいいこととか、頭から抜けちゃってたんです! 別に隠そうと思ったわけじゃなく……!」
これは本当に本当だ。嘘じゃない。すぐばれる嘘なんかついたって得にならないことくらい理解している。僕はそこまでバカじゃない。動転して失言してしまったバカではあるけれど。
僕は必死でレミケイドさんの目を見て訴えた。
「君は一人で侵入したと言った」
「そうです! 一人で来ました! そしたら偶然中で会ったんです! 僕だってびっくりしました!」
これも本当に本当だ。
レミケイドさんは僕の目を探るようにじっと見つめている。嘘はついていない。僕もレミケイドさんの目をまっすぐに見つめ返す。
「もう一人の男は何者だ。フィルゴの話を聞く限り、君とは親しい関係のようだが。何をしにここに来ていた。どこへ消えた」
レミケイドさんの圧が増す。あまりの静かな怖さに僕は思わずフィルゴと呼ばれた男性――シロさんに拷問されたお兄さん――の顔をうかがうけれど、冷めた表情で腕を組んで僕を観察している。
囚人を冷徹に観察する看守の目だな……と感じた。今のレミケイドさんと同じだ。
どこまでも冷たく、感情のない表情だ。
このフィルゴって人もやっぱり怖い。でもしょうがない、この人はシロさんにひどいことされちゃったわけだし、最後に僕もひどいことしちゃったし、恨まれてもしょうがない。
「なぜか急に出てきたんですって。僕だって知りませんよ。ここの建物に侵入するときにいつの間にかいたんです。さっきも言ったけど、僕だって驚きました」
「その男は何者だ。君の何だ」
そのレミケイドさんの声で分かった。
レミケイドさんの知りたい情報はシロさんのことだ。
レミケイドさんが危険視しているのは僕じゃなくてシロさんだ。




