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流転するアルケウス ~inherited Meme~  作者: イトウ モリ
第25章 潮解の黒 ~solution~
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piece.25-13



 呆然としている僕を見て、誰かが気づいた。


「もしかして、二人は知り合いかい? あ、まさかボウヤが会いたかった女って……」


「それはこっちのこの人です」


 それは即座にセリちゃんだと説明する。僕がレネーマに会いにこんなところに来るなんて絶対にありえないし、そんなこと思われたくもない。


 だいたい僕はレネーマがここにいることなんて、まったく考えていなかった。会うことになるなんて、全然思っていなかった。


 もし分かってたら――。


 ……分かってたら……?


「あんたが言ってたとおり、いい息子じゃないか」


 女の人の言葉で、僕とレネーマはお互いをうかがうように探り合う。

 先に言葉を発したのはレネーマだった。


「……あたしから離れたほうが、よっぽど真人間になってたよ。あたしがこの子をダメにした……そういうことさ」


 自嘲的に目を伏せ、吐き捨てるようにつぶやかれたレネーマの言葉に、僕は何も言えなくなる。


 僕の知ってるレネーマじゃない。

 僕の知ってるレネーマは、こんなこと言ったりしない。



 でも、本当は――。


 本当は、頭のどこかでは覚えてる。


 レネーマは、僕が小さい時はちゃんと優しかったって。

 僕はたぶん、レネーマのことが大好きだったことがあるって。


 いつからか、変わってしまったレネーマ。


 どうしてそうなってしまったのか、僕はきっと……本当はもう気づいてる。



 僕はもう、レネーマを見ても怖いとは感じなかった。

 今のレネーマは僕が知っているどのレネーマよりも、とても小さく、とても頼りなく見えた。


 どうしたんだろう。

 なんだか体の奥がもやもやして変な感じだった。

 胸が(つか)えて苦しい。



 助けを求めてセリちゃんを見ると、セリちゃんは僕に向かって優しくうなづき返してくれた。


「レネーマは、……昔はちゃんと、僕に優しかった……気がする……」


 僕はなんとか声を振り絞って出す。

 喉が締めつけられたみたいに苦しくて、うまく声が出なかった。

 

 僕の住んでいた街は、優しい人がいなかった。

 本当はいたのかもしれなかったけど、僕たちの近くにはいなかった。


 それはつまり、レネーマだって、僕と同じくらい、つらかったり苦しかったりしてたってことだ。


「セリちゃんが僕の住んでた街に来た時、この街は毒だらけだって言ってた」


 人から人に移る毒。

 人を傷つけたり、苦しめたり、殺してしまう毒。


 そんな毒にあふれた街と、そんな毒に染まった人たちが暮らす街で、僕とレネーマは生きていた。


 傷つけたいわけじゃない。

 苦しめたいわけじゃない。

 なのに、自分ではどうしても止められない恐ろしい衝動。


 今でも僕の手のひらには、あの時の感触が残っている。


 弾力。

 生暖かさ。

 呼吸を求めて痙攣する喉の感触――。


 苦しめたいなんて思ったわけじゃない。

 殺したいなんて思ったわけじゃない。

 

 なのに僕の手は、人を傷つけようとした。


 僕の受けた痛みを、苦しみを、まるで相手に思い知らせたいみたいに。

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