piece.24-7
「……なに? 急ぎたいんだけど」
思わずちょっとイラっとした声を出してしまう。
だけどシロさんはすごーく意地悪な笑顔で、自分の首をトントンと指さしながら僕にこう言ってきた。
「さっきのやつ、ここでおさらいしとけばあ?」
……シロさんって、本当に意地悪で最低だよなあって、なんだか改めて実感する。
だってさ、せっかくさ、ディマーズのお兄さんがさ、僕に情報を提供してくれてさ、僕とこのお兄さんの中でほんのちょっとした信頼関係みたいなものがふんわりと出来上がったかもしれないのにさ、その僕にこのお兄さんを絞めて落とせって言ってるわけだよねシロさんは。
そりゃあさ、分かってるよ。騒がれたり仲間を呼ばれたら困るしさ、必要な情報を聞き出したら、静かにしててもらわないとってことくらいさ。
でもさ、それ僕にやらせる? ……やらせるのがシロさんだよね、はいそうでした。もともと一人でやるつもりになってたんだから、僕が全部やるのが筋ですよね。
はいはい分かりましたよ、やればいいんでしょ、やれば。
というわけで。
「……ごめんなさいっ!」
僕はさっきシロさんに圧迫された場所を思い出しながら、何の罪もないかわいそうなお兄さんの首をぎゅーってした。今度は数秒ですぐに動かなくなる。
「お、やればできんじゃん。うまいうまい、85点。よくできましたー」
「子ども扱いしないでよ」
僕は楽しそうに頭をなでてくるシロさんの手を払いのけた。念のため、ちゃんと息をしていることを確認して、ほっと息をつく。
この名前も知らないディマーズのお兄さんに心の中でもう一度謝ると、僕は気持ちを切り替えて階段へ向かった。
セリちゃんのいる、三階の第一級収容者区画を目指して――。
三階の廊下は人の気配がない。
警戒しなくてはいけないのは外からの侵入者ではなく、中にいる収容者の方だからなのかもしれない。
頑丈で重そうなドアノブに手をかけ、そっと力をかけてみるけど、もちろん鍵がかかっているからびくともしない。
シロさんが僕にどけ、と指先だけで指示をする。またしても手首に巻いた手甲から針を出すと、そっとドアの鍵穴に差し込み、何やらつつき始めた。
「俺はこの手のはあんまし得意じゃあねえんだけど……いけた。割とチャチだな……拍子抜け……」
シロさんが言葉の途中で僕を突き飛ばした。
僕が倒れるのと同時に、硬い金属の音が響いた。
僕の足元に落ちているのは――食事に使うナイフとフォーク……?
そしてドアから真っ黒な影が飛び出し、建物内の陰に消える。そして消えた方向から鋭い音を立てて光る何かが飛んできた。
すでにナイフを抜いていたシロさんがそれを弾き飛ばす。落とされたものは、やっぱり食事用のナイフだ。
「動くな。そのまま壁にへばってろ」
シロさんが声を潜めて僕へ命令する。こんなに緊張してる声のシロさんは初めてかもしれない。
シロさんは落ちてたフォークを拾うと、廊下の灯りを狙って投げた。
もちろん見事に命中し、辺りは一層深い闇に包まれる。廊下の奥で灯っている明かりのおかげで、完全な闇にはなっていないけれど、僕の周辺はほとんど何も見えなくなった。
影が走る度に吹く強い風の気配と、激突する金属の音――。
シロさんが戦ってる。
ディマーズの見張り番の人と。
待って。
ダメだよ。
戦いに来たわけじゃない。話し合って、セリちゃんに会わせてもらえば、話をさせてくれれば、それだけで良かったのに。
だけど声が出ない。
戦っている二人の気迫に、完全に飲まれてしまっていた。
闇の中でぶつかる影と影。
僕の目はまだ闇に慣れていない。でもシロさんと見張り番の人はお互いの動きがはっきりと見えているようだった。
音だけ聞いてると、二人の強さは互角なんじゃないか……そんな気がした。




