piece.24-4
「前から思ってたんだけどさあ……。お前の靴ってさあ、どこで買ったの?」
周囲に響かないように抑えた低い声でシロさんが僕に話しかけてくる。
――ざ……雑談……?
潜入してるっていうのにまさかの雑談……?
信じられない。何なんだろうこの人。忍び込んでるっていう緊張感がこの人にはないのだろうか。
「いいよなあ、その靴、足音全然立たねえし。なあ俺のと交換しねえ?」
しかも僕の大切な靴を狙っているだと――っ!?
内心ものすごく動揺しながら、表面上は必死で冷静な声を出した。あまり必死で抵抗するとかえってシロさんの興味を引きつけてしまう。冷静に、クールに、そしてなおかつドライに返事をしなくては!
「えー……シロさんと僕だと足の大きさ違うって。無理じゃない?」
「ならさあ、今ちょっと交換してみようぜ。もし履けたらくれ」
「今はやめといた方が良くない? 交換中に見張りの人と出くわしたらピンチになるじゃん」
「んー」
それ以上シロさんは何も言わなくなった。……うまくいったか?
よし! シロさんの興味が失せた! クール&ドライ作戦大成功だ!
……じゃなくて! なんでこう緊張感が何もないんだろう……。
大丈夫なのかな……? 気が抜けすぎて逆に心配になってきた。
もしかしてシロさんはディマーズっていうギルドが怖くて強い人たちの集まりだって知らないのかもしれない。
だけど、シロさんは前にレミケイドさんに――……。
あ、そうか、シロさんはレミケイドさんがディマーズのメンバーだって知らないのか……。
そういえば思い出した。
シロさんはいなくなる直前、すごく様子がおかしかった。
……今は見た感じ、いつもと変わらないように見えるけど……。
でもシロさんはあの後、すぐに元に戻れたんだろうか。今まで一体、どこで何を――……。
さっとシロさんが手を出して僕に警告してきた。
カツカツと固い靴音が廊下に響く。
ディマーズ特有の威圧感のある固い靴音が静かな夜の闇を震わせる。
しまった。このままじゃ巡回と鉢合わせになりそうだ。
僕は急いで身を隠せそうな部屋を探す。
「よーし、ちょーっと行ってくるな♪」
僕の肩を軽く叩いて、先行するシロさんの顔が――このタイミングで一番見たくない――あの笑顔だった。
例の悪ーい感じの、怖ーい感じの、あの笑顔だった。
声も例によってウキウキと楽しそうな声だった。
あぁ、どうしよう! 嫌な予感しかしない……!
だけど僕はもう、成り行きに身を任せるしかないと覚悟するしかなかった。
ディマーズの制服を着ているシロさんは堂々と廊下を突き進んでいく。
対面から来る巡回のメンバーに軽く片手を上げて、挨拶しながら近づいていく。シロさんは完全にディマーズになりきっていた。
僕は柱の陰からその様子をハラハラしながら見守った。
嫌な予感しかしない。
だってさ、シロさんはそれで通れるかもしれないよ。でも僕は? 僕は置いてけぼりなの? 僕をいきなり見捨てる気? シロさん待ってー! 僕を置いて行かないでー!
距離が近づき、知った顔じゃないと気づかれたのかもしれない。
不審に思ったのかディマーズのメンバーが身構えた。
――でも、反応はシロさんの方が早かった。
一瞬で相手の懐まで距離を詰め、声を出す隙すら与えずに意識を失わせてしまう。
だらりと倒れたディマーズメンバーを小脇に抱えたシロさんが、僕を手招きで呼びつけた。
はいはい分かりましたよ、また縄なんでしょ。
あーあ、縄多めに買っといて良かった……。
僕はもう、シロさん専用の縄係に徹することにした。




