piece.23-12
「は……はわわぁぁぁぁぁ……」
思わず口から吐息がこぼれた。
なんてあったかいんだ。気持ちが良くて体が溶けてくみたい。
前にシロさんがお湯を沸かしてくれて風呂に入ったことがあったけど、それと全然違う。
思いっきり手足を伸ばしてもいいし、お湯はどんどんあふれてくるし、全然冷めないし、っていうか体が浮かんじゃうんだけど……。なにこれサイコー。
なにこれすごすぎだよこの街。
もうずっとここにいたい。ここに住みたい。お風呂サイコー。
「全身で満喫してるなお前……足を閉じろよ足を」
レッドに注意されて、僕はあわてて大の字で解放しきっていた姿勢を元に戻した。
周りのおじさんたちが笑いながら僕を見ているのに気づき、無性に恥ずかしい気持ちになる。
「すごいねここ。毎日いつでも使いたい放題なの?」
「こっちの建物内の公衆浴場なら、リリーパスの住人は格安で利用できる。まあその分税金払わされてるからなー。
一応、金のないやつでも、屋根なし浴場の解放区画があってそこなら無料で使える。ただ……仕切りもないし、男女の区別もないから……なかなか風紀がな……治安も良くないし」
言いづらそうにするレッドの口調でなんとなく状況の察しはついた。
「やっぱりそういう場所もあるんだね」
「まあしょうがねえよなー、世の中の人間全部が金持ちになんかなれるわけねえし、生まれや育ちの運もあるからなー。でも俺らがガキの頃より風呂があるだけマシだぜ?
今のリリーパスの貧困区画はさ、身綺麗で清潔なやつが多いんだ。そのせいか、病人も減ってるし、たぶん昔に比べりゃ、少しは貧乏人が生きやすい街になってる気はするよ」
石造りの縁にもたれながらレッドがつぶやいた。
レッドはもしかしたら、僕よりも過酷な子供時代を生きてきたのかもしれない。
「レッドはすごいね。ううん、レッドだけじゃない。ママンもマップもポーターも、みんなスタートはすごく大変な場所からだったのに、そうやって仕事を持って、お金を稼いで、ちゃんと街の住人として生きていってる。
……僕は自分の生まれた街で、自分は人じゃなくてゴミなんだって思い込んでて……人になんかなれるわけないってあきらめてたから……」
セリちゃんに会わなかったら、僕は自力で人になんかなれなかった。
レッドの存在が眩しい。仲間がいて、強さがあって、信念がある。
それに比べて僕は――。
「でもセリさんのおかげで変わったんだろ? 俺たちもおんなじだよ。
セリさんに尻叩かれながら、周りの大人にしごかれながら、やっとこさ人にしてもらったって感じかな。
まだまだケツの青いガキだってバカにされることの方が多いけどな」
レッドが「しけた顔すんなって」と、僕の顔にお湯をかけた。
「俺たちも元ゴミだよ。周りの大人たちは俺たちのことを汚いものでも見るみたいに、いつだって不愉快そうな顔で睨んでやがった。俺たちだって好きであんな生き方してたわけじゃねえのにさ。
だけどセリさんだけは俺たちの味方になってくれたんだ。……ちょっとばかし、いろいろ厳しかったけどさ……。おかげでディマーズの連中のことも前ほど嫌じゃなくなったし、俺らみたいなのがまともに生きてくための手伝いもしてくれた。
反抗してるだけだったら手に入らないもんも、悔しいけど頭下げれば手に入るって教えてくれたのもセリさんだった」
レッドを見つめながら、リリーパスにいた頃のセリちゃんの姿を想像する。
僕の知ってるセリちゃんは、レッドの言うような、そんな厳しい人ではない。
レッドたちの話を聞いて僕が思い浮かぶのは、なぜかセリちゃんではなくシロさんの方だった。
・・・
あったかいお湯で体がポカポカになり、レッドの店の売れ残りのパンとスープで腹を満たした僕は、もう一度外出する準備を整えた。
本当はこっそり出かけるつもりだったのに、部屋で今日調達したばかりの服に着替えているところをレッドに見つかってしまう。
全身黒ずくめの僕の格好を見て、レッドが苦笑いした。
「俺らも協力すっから、ヤバそうなら偵察だけで帰って来いよ」
やめろとは言わない。
それがなんだか嬉しいと思った。
まだ出会ってから二日しか経ってないのに、レッドのことは仲間みたいに思えていた。
「ありがとう。ちょっと行ってくるね」
僕は挨拶をしてレッドの家を出ると、人目を避けながらディマーズの建物へ向かった。
もちろん、ディマーズの本拠地への潜入、そして偵察のために。
第23章 旧懐の黒
<KYUKAI no KURO>
〜cooperation〜 END




