piece.23-4
朝になってレッドは僕を街に連れ出した。パン屋のお店は奥さんが店番をしてくれている。二人とも僕がセリちゃんに会えるように、全面的に協力してくれるらしい。
そして今日の外出の目的はそのための視察だ。
ディマーズの建物が近づいてくると、レッドは小さな声で僕に言った。
「正面の門からの突破は門番がいるからまず無理だ。このでかい壁を乗り越えた方が見つからずに侵入できる。で、こいつを突破する方法なんだけど……」
高い石造りの壁沿いに進み、大きな木の場所で立ち止まった。
「おすすめは木登り。ちょっとばかし木と壁に距離はあるけど、この木から壁の上に飛び移る方法だ。カインは木登りはいけるクチか?」
僕は幹に近づき上を見上げる。
「うん、これなら登れそう」
「ただ、侵入しやすそうになってるってことは、ここからの侵入ルートはディマーズも把握してると思ってた方がいい。これは俺たちがよくやってた手口だし、読まれてるはずだ」
ふーん、と言いかけて言葉が途中で止まった。
「……? よくやってた?」
僕が首をかしげると、レッドは楽しそうに笑いながら歩き出した。
「セリさんがまだディマーズにいたときにな。夜にセリさんの部屋へこっそり遊びに行ってたんだ。もちろん敷地内は部外者は立ち入り禁止。見つかったら大目玉。
でもさ、他のディマーズの連中に見つからずに部屋にたどり着いたらさ、あの人怒るどころか『すごいじゃん!』って褒めてくれて……で、珍しい菓子とかいろいろ食わせてくれたんだ。あー、懐かし」
レッドは懐かしそうに話し続ける。
「その話したらさ、仲間内でセリさんの部屋に潜入するのが流行ってさ。
さすがにそれがバレたあとのセリさん、偉い人に大目玉だったらしいけど」
「レッドたちもディマーズの人に怒られた?」
「はは……まあな。そんときはまだこの外壁もここまで高くなくてさ、侵入しようと思えばできたってわけ。今はあの頃より難易度上がってるよ、いろんな意味で」
まさかディマーズの敷地に忍び込んでたなんて……。
僕は尊敬のまなざしでレッドを見つめた。
「経験者だったんだ……」
レッドは人差し指を口に当て、『秘密だ』とサインを出しながらも話をしてくれた。
「一応な。だけど街が新しくなってからは、一度も忍び込んだことがない。ディマーズの中もだいぶ変わったみたいだから、もうあの頃と同じ侵入ルートは無理だと思う。俺がアドバイスできるのはこの壁の乗り越え方くらい。あとは他のやつの出番だ。
……そうだな……あとは、さっきの木以外にも壁に届きそうな木はあと2本あって……」
ディマーズの外壁を一周回りながら、レッドは僕の侵入ルートを一緒に考えてくれた。
「……あれ? レッド、ちょっと待って」
何かが聴こえた気がして僕は立ち止まった。
少し遠いけど、悲鳴のような――。
胸がざわざわと騒ぐ。
女の人の悲鳴みたいな声に聴こえる。隣でレッドも耳を澄ます。
「……方角的に敷地の中だな。もしかしたら拷問部屋が近くにあんのかも」
「拷問……部屋?」
「そうそう、すっげえヤバい毒持ちの連中を一斉に捕まえてきたりなんかすっとさ、やつら数が多い上に結束力が強くて、更生すんのに手間取るんだってさ。
だからその中でも一番影響の強そうなやつ――大体はボスを選ぶらしいけど、特別しんどい治療をすんだってさ。なんかとんでもなく苦しいやつを。
そうすっと手下たちがビビってみんな大人しくなって治療がはかどるんだってさ」
僕は返事ができなくなる。
かすかに聴こえる苦しそうな悲鳴。
どうか……お願いだから違っていて欲しい。
どうか僕の想像している人ではありませんように――。
「けどなー……最近、そんなすごいやつ捕まえたなんて話あったかな? ちょっと仲間にあとで聞いてみるさ」
あまり気にしていない様子で先を行こうとするレッドの背中に、思わず声をかけていた。
「セリちゃんじゃ……ないよね……?」
「は? まさか。する必要がないだろ?」
その言葉を聞いて少しだけ安心する。
「そう……だよね……。そんなわけ……ないよね……」
そう自分に言い聞かせないと、僕の胸に沸き上がってくる不安に押しつぶされてしまう。
セリちゃんじゃない。
レミケイドさんはセリちゃんを助けたいって言っていた。
これ以上治療をしたらセリちゃんは死んでしまう。
レミケイドさんがそんなひどい治療をセリちゃんにさせるはずがない。
そう何度も自分に言い聞かせていた。




