表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流転するアルケウス ~inherited Meme~  作者: イトウ モリ
第3章 布帛の赤 〜complication〜
23/395

piece.3-8


「バルさん……ありがとう」


 セリちゃんがナナクサに刺されて倒れたあと、バルさんがすぐに僕たちを見つけてくれて、セリちゃんを宿に運んで、お医者さんも呼んでくれた。


 セリちゃんの傷は命にかかわるほど深くはなかったけれど、決して軽いものでもなかった。


 ナイフに毒が塗られていたからだ。そのせいで今、セリちゃんは高熱を出して苦しんでいる。


「あとはセリの体力次第だな」


 バルさんがふうと大きく一息ついた。


「とりあえず俺も心配だから、ここに泊まることにする。

 いったんギルドから荷物取ってくるから、俺が戻るまで誰も部屋に入れないようにしとけ、いいな」


 バルさんがそう言ってくれるのが、すごく心強かった。


 もしかしたらナナクサがここまで来てしまうかもしれない。そしてセリちゃんに、もっとひどいことをしようとするかもしれない。僕はそれが怖かった。


 僕はセリちゃんのおでこに乗せた布を、冷たい水で冷やし直す。セリちゃんの体がすごく熱いせいで、僕はもう何回も冷やし直しをしていた。

 もう(おけ)の中の水がぬるくなり始めていた。


 バルさんが戻ってきたら、井戸水を()み直してこよう。


 布を乗せ直すときに、しずくがセリちゃんの顔に垂れてしまった。そのせいでセリちゃんが少しだけ目を開ける。


「……あ、気がついた? セ……」


「――――っカイン!!」


 セリちゃんが僕に飛びついてきた。僕はセリちゃんを受け止めきれずに、床に尻もちをついてしまう。


「カイン! カイン!? 怪我は!? 何をされた!?」


 悲鳴みたいな声でセリちゃんが叫ぶ。僕の顔や体をベタベタとさわりながら。


「待ってセリちゃん! 動くと傷が開くから動いちゃだめだって!!」


「カイン……? ……生きてる……の……?」


「あたりまえでしょ! お願いだから寝ててよ! 僕よりもセリちゃんの方が……!」


「生きて……カイン……よか……った……」


 セリちゃんはほっとした顔をしたかと思うと、そのまま気を失って、僕の上に倒れ込んできた。

 セリちゃんの体は、燃えているように熱かった。


 僕はセリちゃんをベッドにもう一度寝かせようとがんばってみた。でも僕は力がなくて、セリちゃんを持ち上げることができない。


「お、おい! どうした? 敵襲か!?」


 バルさんが血相を変えて部屋に飛び込んでくる。


「あ、違うんです。セリちゃん、一回目を覚ましたら急に僕に飛びついてきて……」


「……急に起き上がってお前を押し倒したって? なんだよ、自慢か? くそ、うらやましくなんかないからな俺は」


 バルさんは太い腕で軽々とセリちゃんを抱き起こし、ベッドに寝かせ直す。


 僕もこれくらい力持ちになれたらいいのに……。


 僕はバルさんのたくましい背中や、太い腕をじっと見つめた。


 僕もこれくらい大きくなれるかな……。そしたらセリちゃんのことを守ってあげられるかな……。


 バルさんは少しだけためらうと、セリちゃんの上着をめくった。包帯が赤く染まっている。

 やっぱり傷が開いちゃったんだ。


 さっき見たキャラバンの舞台の赤い布が、僕の頭に浮かんで消えた。セリちゃんが刺された瞬間を思い出し、僕の体がぶるっとふるえる。


「あらまあ、傷が開いちまってまあ……」


 ため息をつきながら、バルさんはセリちゃんのお腹にもう一重の包帯を巻き始める。


「本当に血まみれ(ブラッド・バス)セリだな」


 バルさんは困ったように笑う。


「あの……バルさん。セリちゃんってどうしてディマーズに追われてるんですか? 本当にセリちゃんは【皆殺し(ブラッド・バス)のセリ】って呼ばれるような悪い人なんですか?

 僕……どうしてもセリちゃんがそんな悪い人には見えないです」


 バルさんは包帯を巻き直し、セリちゃんに優しく毛布をかけてあげると、大きなため息をついた。


「俺だって詳しいことはわかんねえんだよ。なんでディマーズにセリが追われてんのか。ディマーズとセリの間で何があったのか。

 そもそもセリが【皆殺しのセリ】なんて呼ばれてんのだって、ディマーズにいた頃からだしなぁ……」


「え? セリちゃんはディマーズの人なの?」


 僕は思わず声をあげる。なんでディマーズのセリちゃんがディマーズに追いかけられなきゃいけないんだろう。


「お? なんだ。なんにも知らねえんだなお前。

 そうそう、【皆殺しのセリ】っちゃあ、ディマーズの本拠地リリーパスの街じゃあ、泣く子も黙る有名人だ。

 リリーパスの親は、子供が言うこと聞かないときはだいたい『言うこと聞かないとセリさん呼ぶよ!』って怒るらしいぜ」


「ディマーズにいた頃から、【皆殺しのセリ】なの……?」


「ああ、ディマーズの中でも特別セリは汚れ仕事専門って感じでさ。ヤバそうな現場ばっかり行ってたな」


「汚れ仕事……?」


「ああ、殺しメインの仕事な。そんなでついた名前が【皆殺しのセリ】だ。なのになんでいまさらセリがディマーズに追っかけられてんのか、誰も教えてくれねえんだよ。

 セリに聞いても知らんって言われるしさ」


 僕は熱にうなされながら眠っているセリちゃんのことを見つめた。


 僕はセリちゃんのことを、まだ何も知らない。


 さっき僕のことを心配して飛びついてきたときの、怯えたような表情――。あれはなに?


 ナナクサって人を見たときと、同じ表情だった……。 


 どうしてディマーズに追われているの?

 なんでセリちゃんはナナクサに刺されなくちゃいけなかったの?


 知りたい。すごく知りたいよ。

 でも今はそんなことより、セリちゃんに早く元気になってほしい。


 セリちゃん。お願いだから……早く元気になってよ……。


 セリちゃんがどんな人でも、人殺しでも、ひどい人だったとしても、僕にとってのセリちゃんは、やっぱり僕が知ってるセリちゃんだから……。


 なんにも教えてくれなくてもいい。

 なんにも言わなくていいから……。


 そのかわりお願い……。お願いだから早く元気になって。


 また笑って、僕の頭をなでてよ。

 いつもみたいに笑って、僕の名前を呼んでよ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ