piece.3-8
「バルさん……ありがとう」
セリちゃんがナナクサに刺されて倒れたあと、バルさんがすぐに僕たちを見つけてくれて、セリちゃんを宿に運んで、お医者さんも呼んでくれた。
セリちゃんの傷は命にかかわるほど深くはなかったけれど、決して軽いものでもなかった。
ナイフに毒が塗られていたからだ。そのせいで今、セリちゃんは高熱を出して苦しんでいる。
「あとはセリの体力次第だな」
バルさんがふうと大きく一息ついた。
「とりあえず俺も心配だから、ここに泊まることにする。
いったんギルドから荷物取ってくるから、俺が戻るまで誰も部屋に入れないようにしとけ、いいな」
バルさんがそう言ってくれるのが、すごく心強かった。
もしかしたらナナクサがここまで来てしまうかもしれない。そしてセリちゃんに、もっとひどいことをしようとするかもしれない。僕はそれが怖かった。
僕はセリちゃんのおでこに乗せた布を、冷たい水で冷やし直す。セリちゃんの体がすごく熱いせいで、僕はもう何回も冷やし直しをしていた。
もう桶の中の水がぬるくなり始めていた。
バルさんが戻ってきたら、井戸水を汲み直してこよう。
布を乗せ直すときに、しずくがセリちゃんの顔に垂れてしまった。そのせいでセリちゃんが少しだけ目を開ける。
「……あ、気がついた? セ……」
「――――っカイン!!」
セリちゃんが僕に飛びついてきた。僕はセリちゃんを受け止めきれずに、床に尻もちをついてしまう。
「カイン! カイン!? 怪我は!? 何をされた!?」
悲鳴みたいな声でセリちゃんが叫ぶ。僕の顔や体をベタベタとさわりながら。
「待ってセリちゃん! 動くと傷が開くから動いちゃだめだって!!」
「カイン……? ……生きてる……の……?」
「あたりまえでしょ! お願いだから寝ててよ! 僕よりもセリちゃんの方が……!」
「生きて……カイン……よか……った……」
セリちゃんはほっとした顔をしたかと思うと、そのまま気を失って、僕の上に倒れ込んできた。
セリちゃんの体は、燃えているように熱かった。
僕はセリちゃんをベッドにもう一度寝かせようとがんばってみた。でも僕は力がなくて、セリちゃんを持ち上げることができない。
「お、おい! どうした? 敵襲か!?」
バルさんが血相を変えて部屋に飛び込んでくる。
「あ、違うんです。セリちゃん、一回目を覚ましたら急に僕に飛びついてきて……」
「……急に起き上がってお前を押し倒したって? なんだよ、自慢か? くそ、うらやましくなんかないからな俺は」
バルさんは太い腕で軽々とセリちゃんを抱き起こし、ベッドに寝かせ直す。
僕もこれくらい力持ちになれたらいいのに……。
僕はバルさんのたくましい背中や、太い腕をじっと見つめた。
僕もこれくらい大きくなれるかな……。そしたらセリちゃんのことを守ってあげられるかな……。
バルさんは少しだけためらうと、セリちゃんの上着をめくった。包帯が赤く染まっている。
やっぱり傷が開いちゃったんだ。
さっき見たキャラバンの舞台の赤い布が、僕の頭に浮かんで消えた。セリちゃんが刺された瞬間を思い出し、僕の体がぶるっとふるえる。
「あらまあ、傷が開いちまってまあ……」
ため息をつきながら、バルさんはセリちゃんのお腹にもう一重の包帯を巻き始める。
「本当に血まみれセリだな」
バルさんは困ったように笑う。
「あの……バルさん。セリちゃんってどうしてディマーズに追われてるんですか? 本当にセリちゃんは【皆殺しのセリ】って呼ばれるような悪い人なんですか?
僕……どうしてもセリちゃんがそんな悪い人には見えないです」
バルさんは包帯を巻き直し、セリちゃんに優しく毛布をかけてあげると、大きなため息をついた。
「俺だって詳しいことはわかんねえんだよ。なんでディマーズにセリが追われてんのか。ディマーズとセリの間で何があったのか。
そもそもセリが【皆殺しのセリ】なんて呼ばれてんのだって、ディマーズにいた頃からだしなぁ……」
「え? セリちゃんはディマーズの人なの?」
僕は思わず声をあげる。なんでディマーズのセリちゃんがディマーズに追いかけられなきゃいけないんだろう。
「お? なんだ。なんにも知らねえんだなお前。
そうそう、【皆殺しのセリ】っちゃあ、ディマーズの本拠地リリーパスの街じゃあ、泣く子も黙る有名人だ。
リリーパスの親は、子供が言うこと聞かないときはだいたい『言うこと聞かないとセリさん呼ぶよ!』って怒るらしいぜ」
「ディマーズにいた頃から、【皆殺しのセリ】なの……?」
「ああ、ディマーズの中でも特別セリは汚れ仕事専門って感じでさ。ヤバそうな現場ばっかり行ってたな」
「汚れ仕事……?」
「ああ、殺しメインの仕事な。そんなでついた名前が【皆殺しのセリ】だ。なのになんでいまさらセリがディマーズに追っかけられてんのか、誰も教えてくれねえんだよ。
セリに聞いても知らんって言われるしさ」
僕は熱にうなされながら眠っているセリちゃんのことを見つめた。
僕はセリちゃんのことを、まだ何も知らない。
さっき僕のことを心配して飛びついてきたときの、怯えたような表情――。あれはなに?
ナナクサって人を見たときと、同じ表情だった……。
どうしてディマーズに追われているの?
なんでセリちゃんはナナクサに刺されなくちゃいけなかったの?
知りたい。すごく知りたいよ。
でも今はそんなことより、セリちゃんに早く元気になってほしい。
セリちゃん。お願いだから……早く元気になってよ……。
セリちゃんがどんな人でも、人殺しでも、ひどい人だったとしても、僕にとってのセリちゃんは、やっぱり僕が知ってるセリちゃんだから……。
なんにも教えてくれなくてもいい。
なんにも言わなくていいから……。
そのかわりお願い……。お願いだから早く元気になって。
また笑って、僕の頭をなでてよ。
いつもみたいに笑って、僕の名前を呼んでよ……。




