piece.3-7
セリちゃんが向かった場所――それはたぶんキャラバンの舞台がある広場だ。
それしか心当たりがない僕は、全速力で広場に急いだ。
夜の広場は昼間とは雰囲気ががらっと変わっていて、篝火が焚かれ、真っ赤な布をさらに赤々と照らしていた。
太鼓や笛の音と、お客さんの歓声が混ざっている。
舞台の赤い幕に、中で踊っている踊り子の人たちの影が映っている。
僕の頭の中に――たぶん夢だったんだと思うけど――竜の吐き出した大きな炎と、その中で踊っていた影が浮かぶ。
剣を持った影。炎。赤と黒。
なんとなくちょっと怖い。なにが怖いのかはよくわからないけれど……。
舞台の入り口にはお金を払って、中に入ろうとするお客さんが並んでいる。でもそこにセリちゃんはいない。
チケットは僕が持っているから、セリちゃんは中には入っていないはずだ。
呼吸を整えながら広場を歩き回っていると、人だかりから少し離れた場所でポツンと立っているセリちゃんを見つけた。
苦しそうな顔でセリちゃんは舞台の幕を見ている。
僕はゆっくりとセリちゃんに近づいた。
セリちゃんは僕の方を見ていなかったけれど、僕にすぐ気がついたみたいだった。
「……カインが会った人って……ここに今いる……?」
セリちゃんは僕の方を見ないまま尋ねた。
僕は舞台の外でお客さんの相手をしているキャラバンの人たちを順番に見ていくけど、あの派手な女の人はいない。
「いないみたいだ……」
僕は答えた。
「…………カインは……なんで、その人に声を……」
「アタシをお探しかい?」
一体いつからそこにいたのか、僕にチケットをくれた人がセリちゃんのすぐ近くにいた。
セリちゃんが小さく悲鳴をあげる。
「おや? そんなに怖がらないでおくれよ。人を化け物みたいにさあ」
その人はおかしそうに笑った。
「……なんで……?」
セリちゃんの声が震えていた。
セリちゃんの顔は、今まで見たことがないくらいに引きつっている。
「なんで? 何がなんでなんだい?」
その人はおもしろそうに微笑みながら、一歩、また一歩と、セリちゃんの方へ近づいていった。
セリちゃんは動かない。もしかしたら――動けないのかもしれない。
「誰……?」
セリちゃんは目の前にいる女の人を睨んだ。でもその顔はどこか泣きそうにも見えた。
「アタシはこのキャラバンの団長のナナクサさ。アンタが化粧がヘタなお姉さんだね? 会えて嬉しいよ」
「嘘……!」
セリちゃんが悲鳴のような声をあげた。
「おや? 失礼な子だね。アタシを嘘つき呼ばわりかい」
「……うそ……。待って……。嘘ですよね……?」
その人は何が面白いのか笑い出した。そしてまっすぐセリちゃんに向かって歩いていき、セリちゃんにぴったりと密着する。
セリちゃんの顔が歪んで、苦しそうな呻き声がもれた――。
「アタシはナナクサさ。キャラバン【ナナクサ】の団長のナナクサ。今後ともご贔屓に……」
ナナクサと名乗ったその人の手には、ナイフの柄が握られている。ナイフは根本までセリちゃんに突き刺さっていた。
「――っセリちゃん!!」
僕は頭が真っ白になって、夢中でナナクサに体当たりした。
「セリちゃんから離れろ!!」
とっさにセリちゃんを後ろにかばう。
「……だめ、カイン……逃げて……!」
セリちゃんが僕の肩を強くつかむ。でもすぐにその手から力が抜けて、セリちゃんが倒れた。
セリちゃんのお腹には刺さったままのナイフ。どんどん赤黒く染まっていくセリちゃんの服――。
僕はパニックになって、どうしていいか分からなくなってしまった。
「セリちゃん……!? セリちゃん……!! 死んじゃダメだ!! 死んじゃ嫌だ!!」
気がつくとナナクサの姿は消えていた。
「セリちゃん死なないで! セリちゃん……!!」
刺さったままのナイフ。どんどん広がっていく赤い色。返事をしないセリちゃん。
どうしていいか分からなかった。
僕はあまりにも知らないことが多すぎて、セリちゃんがこんなことになっているのに、何をしたらいいのか、どうしたらいいのか、全然分からなかった。
ただ、セリちゃんの名前を呼ぶことしかできなかった。




