piece.20-12
レミケイドさんが静かに問いかける。
「他に聞きたいことは?」
「あ……じゃあ、もう一つだけ。
鎖を使えなかったセリちゃんが、どうしてレミケイドさんの鎖を借りたら使えるようになったんですか? レミケイドさんのは、特別な鎖なんですか?」
レミケイドさんがわずかに目を細めたように見えた。一口だけお酒に口をつけ、静かに口を開く。
「それは、俺が毒持ちの人間だからだ。
俺に慣れた鎖なら毒持ちの人間にも従う。つまり彼女でも使える。そういうことだ」
――え?
僕はしばらくレミケイドさんのことを見つめたまま固まっていた。
レミケイドさんが毒持ち……?
「俺は元々貧困街育ちで、姉の命令で子供時代から人殺しをしていた立派な毒持ちだ。
妹を殺したことがきっかけで半狂乱になって姉まで殺し、暴れていたところをディマーズのボスに保護された」
まるで昨日食べた食事の内容を話しているかのように、レミケイドさんは淡々と語っていた。
「彼女をどこかで過去の自分と重ねている――その自覚はある。
彼女を未然に毒から救うことで自分の過去が清算される――そんな幻想を抱いていたのも否定はしない。
そんな自分本位の考えで彼女をディマーズに引き込んだ部分もあると思う……いや、あったんだ……」
レミケイドさんが再びお酒に口をつけた。今度は少し苦しそうな顔で――。
「結果は君の知っている通りだ。
彼女は質の悪い毒持ちに狙われ、子供達が犠牲になった。それが彼女の毒を完全に覚醒させることになってしまった。
彼女はそれをたった独りで抑え込んできた。
文字通り命を削りながら……自分を蝕む毒を、自分もろとも傷つけて……。
こうなったのは俺の責任だ。彼女をなんとしても救いたい。その気持ちに嘘はない」
レミケイドさんがまっすぐに僕を見つめる。
僕の胸が苦しくなる。
「……僕……セリちゃんがディマーズに捕まったら、ひどい目にあわされるんじゃないかって……ずっと心配だったんです……」
僕はずっと抱えてきた不安を打ち明けた。
「彼女を救いたい。仲間として。俺自身のけじめとして」
レミケイドさんの真剣な眼差しと見つめ合う。
最初は警戒してた。
この人は、セリちゃんをどうする気なんだろうって。
でもセリちゃんがレミケイドさんを信頼してるのは、すごく伝わってきた。
それに、レミケイドさんの今の言葉は嘘じゃないって信じることができる。
レミケイドさんがセリちゃんのことを大切に思ってることも。
セリちゃんがディマーズを離れてからずっと、レミケイドさんが自分を責め続けていたことも。
ねえ、セリちゃん……。
もし――。
もしセリちゃんがアスパードに出会わなければ。
毒に飲まれることがなければ。
ディマーズを離れなければ。
今頃セリちゃんは立派なディマーズのメンバーとして、自分の毒を完全に治せていたのかな。
もしそうなってたら――……。
リリーパスで子供たちに囲まれて、いつも笑いながら、楽しく幸せに毎日を過ごしていたのかな。
幸せそうに笑うセリちゃんの姿を、想像してみた。
だけど、僕の心はあったかくなるどころか、冷たく冷えてくる一方だった。
僕は気づいてしまった。
セリちゃんが毒に飲まれず、ずっとリリーパスで暮らしていたら、きっと僕と出会うことはない。
僕はずっとゴミのまま。
あの街から逃げられない。
レネーマと一緒に、ゴミとして生きて、ゴミとして死んでいく。
ずっと、ゴミとして――……。
僕はあわてて頭に浮かんだ考えを振り払った。
嘘だ……。
セリちゃんが毒に飲まれて良かったなんて――。
そんなことを一瞬でも考えてしまうなんて――……。
違う。
僕はそんなこと思ったりしない。
僕はセリちゃんのためなら、またゴミに戻ったって――……。
そう思おうとしたけれど、無理だった。
僕はもう、二度とゴミには戻りたくなかった。
第20章 慚愧の黒
<ZANKI no KURO>
~compunction~ END




