piece.20-11
レミケイドさんは頭が痛そうに額に指を添えた。
「あの呼び名は完全にディマーズ内部の悪ふざけが原因だ。
……発端は、宿舎での事件だった」
「事件……?」
僕はレミケイドさんの話に耳を集中させる。
「ある日の夜のことだ。彼女は任務を終えた疲労から、入浴中にうたた寝をしてしまったらしい。
そのときに任務中に負った傷が開いたらしく、湯が真っ赤に染まる大惨事だったらしい。第一発見者のアダリーの悲鳴で一時騒然となった。そしてアダリーの早とちりから、ディマーズギルド内で殺人事件が起きたといって大混乱に陥った。
……彼女はもちろん殺害されたわけではなく、気持ちよく寝ていたわけだが。
その一件以来、ディマーズでは彼女を血の風呂と呼ぶようになった」
そ……そのまますぎる……!
ひどい! 悪ふざけで呼んでいいような名前じゃない!
「そ、そのあだ名をつけたのって、アダリーさん?」
レミケイドさんは少し考え込んでから答えた。
「いや、おそらくゼルヤだな。アダリーは分別のある女性だ。さすがにそんな名付けをするような悪ふざけはしない」
でも結局その名前でセリちゃんのこと呼んでるんだけど……。分別なくないですか?
「じゃあ……じゃあ……。
セリちゃんは、皆殺しなんて仕事をディマーズでしてたわけじゃ……」
レミケイドさんは静かにうなづいた。
「彼女は……相手を傷つけることを躊躇して、自身が傷を負うことの方が多かったと思う。『殺さないこと』、それが彼女の選んだ毒への抵抗だった。
だが、アスパードが現れたことで彼女は毒に飲まれてしまった。
彼女がディマーズに在籍してから人を殺したのはそれが初めてだ。ずっと……彼女は自身の毒が引き起こす殺意と闘い、抑えつけていた。
彼女が必死で毒を抑えていた鎖を、アスパードは粉々に砕いてしまった。
その結果彼女は――……」
レミケイドさんの表情に影が差す。
「街を血の海にし……そして行方をくらましてしまった……。
自分の呼び名を、まるでリリーパスに刻みつけるかのようにして……」
殺さないことが、毒との戦い――。
僕の胸に鋭い棘が刺さる。
僕のせいだ。
僕のせいで、セリちゃんにたくさん人を殺させてしまった。
僕を探させて、アスパードに接近させてしまった。
僕のせいでセリちゃんをまた、危険な毒に近づけてしまった。
僕のせいで――。
まだセリちゃんと出会ったばかりの頃、真っ赤に染まる教会で、涙を流していたセリちゃんの顔が浮かんだ。
僕は……どれだけセリちゃんを苦しめてしまったんだろう。
悔しくて、情けなくて、僕は自分の唇を強く噛んだ。
口の中で血の味が広がっていった。




