piece.20-6
「セリちゃん大丈夫?」
「ち……違……っ、けほっ、この料理……っ、思ったより香辛料がすごく効いてて……っ、けほっ。
おいしいんだけど……っ、咳が……っ」
……もう。びっくりさせないでよ。
セリちゃんが咳をするたびに僕がどんなに心配になってるか、セリちゃんってば絶対に分かってないよね。
そしてなんでまたそんな辛そうな料理を頼むかな……。
「セリちゃんそれもう食べちゃダメ。僕のと交換ね。
僕のはミルク煮だから咳は出ないはずだよ」
「で……でも、おいしいし。気をつけながら食べるから……けほっ」
セリちゃんの皿を、僕は厳しい顔をしながら強引に引っ張る。けれどセリちゃんは咳をしながらも皿を僕に渡そうとはしない。
もう! 無理して食べて、また血吐いちゃったらどうすんのさ! 心配させないでよ、もう!
レミケイドさんが冷たい視線をセリちゃんに向けた。
「わがままを言うな。彼の提案を聞いておけ」
「はいセリちゃん。交換ね」
しょぼんとしたセリちゃんの前には、肉が増量された僕のミルク煮の皿を置いた。
僕の前にはセリちゃんが頼んだ、肉抜きの豆と野菜の煮込み料理の皿がある。たしかに香りがすでにスパイシーだ。
赤いスープは野菜の色だけではなく香辛料の色も入っているみたいだった。辛みが利いていて、一口食べただけでも体がポカポカしてきた。
うん、たしかに辛いけどおいしい。
でもやっぱり、これは肉があったほうがもっとおいしいと思う。肉が食べたい。
……お肉、返してもらおうかな。
でも今返してもらうと、セリちゃんが肉を僕の皿に移したのがレミケイドさんにばれちゃうな、どうしよっかな。
僕が食べてる様子を、セリちゃんが驚いたように見つめていた。
「あ……ごめんね、セリちゃんの食べたいやつを僕が食べちゃって。
でもこれ、セリちゃんの喉にはあんまり良くない辛さだと思うし、残念だけど今日は我慢して……」
セリちゃんはふるふると首を横に振った。
「カインが……豆も野菜も普通に食べてる……すごい……。カインが好き嫌いしないで食べてる……すごい」
呆然と僕を見つめるセリちゃんの口から、そんな言葉が出てきた。
あ、そうだったね。
前は豆も野菜も嫌いだったよね。
思い返せばシロさんと旅するようになってからというもの、好き嫌いなんて言ってる余裕がほとんどなかったから、気がついたらなんでも食べれるようになってしまった。
野宿続きで食材が尽きたときに食べた虫とか、シロさんの罰ゲームで食べさせられた草とか、なんかそういうのをいろいろ食べるようになったら、なんかもう豆とか野菜って普通にちゃんとおいしいなって思えるようになったんだよね。
安心して口に入れられる安全な食べ物って本当に素晴らしいって思う。
お店で食べる食事はなんだってごちそうだ。
「すごい……カインが成長してる……っ」
感極まったセリちゃんの目には涙が浮かんでいる。
「ちょっとセリちゃん! 大げさだってば。恥ずかしいよ、やめてよ、もう!」
僕は照れ隠しで、野菜煮込みの皿を勢いよく口に中にかきこんだ。さすがに辛くて汗が噴き出た。
おかげで照れて顔が赤くなったのは、ごまかせたと思う。
セリちゃんに褒められるのが嬉しい気持ちと、もう子供扱いしないでほしいっていう恥ずかしさと、いろんなのがごちゃまぜになっている。
セリちゃんはというと、肉が増量したミルク煮をレミケイドさんに睨まれながら、なんとか半分平らげてくれた。
まあ、残ったのはほとんど肉だったけど。
残った肉は、もちろん僕が残さず全部食べてあげた。
この辛い煮込み料理は、肉があって初めて完璧なおいしさになることが分かった。
肉を崩してスープにからめて食べると、そんなに辛くなくなる。
セリちゃん、ズルして肉を退かせるから咳が出ちゃったのかもね。
元気になったら、また食べに来ようね。




