piece.3-6
「なんかすげえな。なんか全然雰囲気違うし……酔っぱらいを睨みつけてなかったら絶対に気づかなかったな」
わかりやすく顔が真っ赤なバルさんは、僕がきれいにおめかししてあげたセリちゃんのことをずーっと見ている。
お酒を飲んでるときも、なにかを食べてるときも、バルさんの顔はずーっとセリちゃんを向いたままだ。
……そりゃあ僕が一生懸命かわいくしてあげたんだから、そりゃあさ、ずっと見てたくなるのもわかるよ。かわいいもん。
でもさ、見過ぎじゃない? ちょっとバルさんはセリちゃんのこと見過ぎ。ほらほら、こぼしてるし……。
僕はなんだかモヤモヤしてきた。
「バルが見てすぐに分からないなら、カインの腕はもうお墨付きだな」
セリちゃんが優しく笑って、僕の頭をなでてくれる。
――あ。なんか今モヤモヤ消えた。
「……なあ、こいつどうしたんだ?」
バルさんが口を尖らせて僕のことを見ている。もしかして、セリちゃんになでてもらっている僕のことがうらやましいのかもしれない。
なんだろう……。僕の口がにやにやしてしまう。
「いま、カインと一緒に旅してるんだ」
ね? とセリちゃんが僕に笑いかける。僕もセリちゃんに「うん」と笑顔で答える。
バルさんは驚いたように目を大きく開くと、それから納得したように笑った。
「ほんっと子供好きだよなあ、セ……トトトーキ!
そう、トーキだよな! そう、トーキは子供好き!」
セリちゃんが怖い顔でテーブルのパン切りナイフをバルさんに向けたので、バルさんは危うく出そうになったセリちゃんの名前を飲み込んだ。いろんな意味で危機一髪だ。
「リリーパスの街でも、トーキはやたら子供に囲まれてたもんなあ」
カタン、とセリちゃんのコップが倒れて、飲み物がテーブルにこぼれた。
僕もバルさんも、セリちゃんの顔を見て言葉を失う。
――まただ……。
セリちゃんの顔が真っ白で、血の気がなくなっている。
「……悪い。こぼしちゃった……」
ほんの少しだけ笑い、セリちゃんが倒れたコップに手を伸ばすけれど――その指はわずかに震えていた。
セリちゃんが指の震えを隠すように手をさする。
「体が冷えたみたいだ。バル、悪いけど私は部屋に戻るよ……。何度も言いたくないけど、私の名前……本当に気をつけて……」
セリちゃんが席を立つ。僕も慌ててセリちゃんについていく。
部屋に入るとセリちゃんは疲れた顔でベッドに座り込んだ。まだ顔色がよくない。
「ごめんカイン……。まだごはん食べたかったよね……」
「ううん、もうお腹いっぱいだったから。セリちゃん、具合……本当に平気?」
「うーん、カインがぎゅーってしてくれたら元気になるかも……」
「え?」
思わずドキッとする。僕が? セリちゃんを? ぎゅーっ?
「ああ、ごめん。嫌ならいいよ。じゃあカインの頭なでなでさせて」
セリちゃんは手をパタパタさせて僕を呼ぶ。
「……嫌じゃないけど。……ぎゅーってすればいいんだね?」
なんだろう。胸がドキドキしてなんか苦しい……。
そろそろとセリちゃんに近づいていった僕の胸に、セリちゃんがこてんと頭を預けてきた。
うわあぁぁああぁぁっ!!
なんだこれ!? 顏あっつい! なんか爆発しそうっ! なんで!? どうして!?
「……ん。ありがと。だいぶ楽になった」
――え……? もう終わり?
あっという間にセリちゃんは離れてしまった。まだ僕はセリちゃんをぎゅーってしてないのに……!
なんですぐにぎゅーってしなかったんだ僕!!
爆発しそうになっていた謎の気持ちがなくなったかわりに、ものすごい物足りなさが僕の中に残った。
「……もうちょっといいよ。セリちゃんまだ元気なさそうだよ」
僕は両手を広げたポーズのまま、セリちゃんをぎゅーってする準備をする。
「ううん、元気になったよ。ありがとうカイン。もう大丈夫」
でもセリちゃんは、もう僕に近づいてくれる様子はなかった。
次に言われたときはすぐにぎゅーしよう。もう言われたらすぐにぎゅー。即ぎゅー。僕はそう決心した。
「――あ。そうだ!」
僕はセリちゃんを元気づけられそうなものを持っていたことを思い出した。
「これもらったんだ! たぶんキキョウさんのキャラバンのチケット。
すごくきれいな女の人が、お姉さんを連れておいでってくれたんだよ!」
セリちゃんはチケットを見つめながら、かすれた声でつぶやいた。
「……『すごくきれいな女の人』……? 『お姉さんを連れておいで』……?」
「うん。すっごい派手なお姉さんがね、親切にプレゼントしてくれたんだ! 持ってけって」
セリちゃんはチケットを見つめたまま動かない。
「……その人……どんな人だった……?」
「踊り子の人より何倍も派手な見た目だったなぁ。迫力あってちょっと怖いくらい。でもすっごい美人だった。
僕あんなきれいな人初めて見たよ」
「カイン留守番お願い。何かあったらバルを頼って」
セリちゃんがフードをかぶって駆け足で部屋を飛び出していった。剣と斧をひったくるように装備して――。
僕はひとり、部屋に取り残される。
――え?
どこ行くのセリちゃん……。何かあったらって何……?
さっきとは違うドキドキがする。
これは怖いときのドキドキだ。
僕の頭の中に、真っ赤な教会で泣いていたセリちゃんの顔が浮かんだ。
僕の体は、勝手に走り出していた。




