piece.20-2
「え? この毛皮、すごいやつなの?」
でもセリちゃんも毛皮の値打ちについては知らないらしく、首を傾げている。
僕がセリちゃんからレミケイドさんに視線を移すと、レミケイドさんも目を細めて、珍しそうに毛皮を眺めていた。
「ああ、この光沢……竜族の谷に生息している火鼠の毛皮で間違いないと思う。毛皮には竜の炎にも耐える力があると聞く。
つぎ目がないから、おそらく大火鼠の種族だろうな。売ればかなりの金額になるはずだ。盗賊にでも見つかれば真っ先に強奪されるな。用心しておけ」
レミケイドさんの説明を聞いたセリちゃんが、悲しそうな顔で僕を見た。
「……まさかカイン、兄さまに無理矢理これを買わされたの? いくらぼったくられたの?
それとも無理矢理何かと交換しろって言われたとか? 何を強奪されたの? 大切なもの?
むむ無理かもしれないけど……だ、大事なものなら、わわわ私……なんとか取り返してみるよ……!
さささ刺し違える覚悟で行けばたたたぶん、ととと取り返せないこともないと思う……たたたたたぶん……」
セリちゃんの声が震えている。そして顔もこわばっている。
ほらやっぱり。
シロさんが言ってた『セリちゃんと超仲良し』発言は嘘だったね。
シロさん、めちゃくちゃ怖がられてるじゃん。
まあ、あれだけ蹴ったりすれば怖がられて当然か。僕だって嫌だ。
そしてきっとセリちゃんの頭の中では、僕がシロさんに毛皮を押しつけられた上に、何かを強奪されたことになってるみたいだ。
セリちゃんがシロさんをどういう人だと思っているのかが、とてもよく分かったような気がする。
「大丈夫大丈夫。何も取られてないよ。
シロさん、新しい毛皮が手に入ったからって僕に古いのをくれたんだ」
燃やすとか、いろいろ脅されたのは黙っておく。
そもそも火に強いってことは、焚き火に突っ込んでも燃えなかったってことか。シロさん、絶対に分かっててやったな。
……くそ、悔しい。まただまされた。くそ、腹立つ。
「古い……か。そう……、そうだね……かなり、前だもんね……」
「……? セリちゃん?」
セリちゃんの声が、なぜか別人の声みたいに聞こえた。表情も……なんだか暗い。
「ごめん、私すこし寝るね。カイン、これありがと」
セリちゃんはフードを深くかぶると、畳んだ毛皮をお尻の下に敷いて、荷車の隅に寄りかかった。
下を向いているせいで、表情は見えない。
「先を急ごう。時間を無駄にした」
セリちゃんのことが心配ではあったけれど、レミケイドさんがすぐに馬を進めたので、僕は馬と並んで歩き出した。
しばらく歩くとレミケイドさんが、僕のことを見ているのに気づいた。
目が合うと同時にレミケイドさんが口を開く。
「足がつらいなら言ってくれ。動けなくなる前に休んでほしい」
刺された僕の足を気遣ってくれてるみたいだった。
「大丈夫です。セリちゃんのお陰で痛みはそこまでひどくないんで」
もともと痛いのには慣れてる。
痛いことを気にしないで生きるのは、小さい頃から得意だった。
だから今だって歩けと言われれば、いくらだって歩ける。痛くても平気だ。
傷はオルメスさんに縫ってもらっているし、セリちゃんの痛いの飛んでけだってある。
昔と違うのは、痛みの中には、痛みだけがあるわけじゃないってことだ。
痛いだけじゃない。
支えてくれる人の存在を感じる。
僕に向けられた優しさもここにある。
優しい声をかけてくれたオルメスさん。
自分だって手当てできる! って、ふてくされてたバルさん。
自分だって痛くて苦しいのに、僕のことを気遣ってくれるセリちゃん――。
痛いのも感じながら、痛みじゃないものも感じている。
それが何かと聞かれてもうまく答えられないけれど、それはなんだかあったかくて優しいものだった。
僕はこの痛みを、嫌だとは感じていなかった。




