piece.19-12
僕は声を抑え、小声でオルメスさんに話しかけた。
「街道沿いの休憩所で、この町に来ようとしていた若い夫婦に会いましたよね。
もしその男の人に会ったら、僕はリリーパスにいるって伝えてもらえませんか?」
オルメスさんはわずかに目を細め、探るように僕のことを見つめた。
……うん、そうだよね。
なんで僕がそんなこと知ってるんだ? って言いたいんだよね。
そうだよね、やっぱり言わなきゃだめだよね。
僕は覚悟を決めて、オルメスさんに打ち明けた。
「あのとき一緒にいた女の人……実は僕なんです……」
「……ほー…………ぉ? ……ぉぉおおっ!?」
徐々に驚きが高まってきているのが、とっても分かりやすいリアクションだ。
僕は口に人差し指を当て、興奮するオルメスさんを落ち着かせる。
「しーっ! 黙っててください。バルさんには言わないでください。本当にお願いします。
セリちゃんにも言わないでください。どうかオルメスさんの胸の中だけに留めてください……!」
僕の顔をすごい圧で見つめてくるオルメスさんの直視に耐え切れず、僕は目をそらしながらお願いする。
「ほほぉぉぉぉぉ……。すげえ……よぉぉぉく見れば確かに面影があるような気がしないでもないような……。
ん? ちょっと待てよ。つまりもしやこっちが男装で、実は女?」
「違います。男です。正真正銘、僕は男です」
「なんだ残念」
これはオルメスさんの冗談ってことなのかな?
笑った方がいいのか怒った方がいいのか、つきあいが短い僕には、判断がつかなかった。
「話が逸れましたが、もしその男の人をこの町で見かけたら……」
「『あんたの嫁さんはリリーパスにいるよ』ってダーリンに言っとけってことな?」
オルメスさんが意地の悪い笑みを浮かべる。
「――ダ……!? ダ……っ!?」
ダーリン?? シロさんがダーリン?? うわっ! 気持ち悪っ!
僕が返答に詰まっていると、バルさんが近づいてきた。
「おいどうした二人して。何の話をしてるんだ?」
オルメスさんは涼しい顔で、さらっとバルさんをかわす。
「礼を言われてたんだよ。『僕の足を縫ってくれたのがオルメスさんで本当に良かったです。もしこれがバルサールだったら僕の足は今頃なくなっていたかもしれません』ってな」
「おいおい! そりゃねえだろカイン! 俺だって怪我の手当てくらい余裕でできんだからな!
な! セリ?」
バルさんが荷車に乗っているセリちゃんに同意を求めた。
でもセリちゃんは、眉を寄せてなにやら難しそうな表情だ。
「私も、バルに傷を縫われるのは嫌だな……。包帯巻くくらいならお願いするけど」
バルさんが口を開けたまま、悲しそうな顔で固まっている。
なんかバルさんの後ろに『ガーン!』って文字が見えたような気がした。
たぶん幻覚だと思うけど。
「話が済んだようなら出発するが」
小さい声なのに、レミケイドさんの声はなぜか一瞬で場を圧倒する。
バルさんですら、すぐに口を閉じた。
さすがディマーズの人というべきか、空気が一気に引き締まる。
「じゃあ頼んだよバル。あんまりオルメスに迷惑かけないように」
セリちゃんがバルさんに向けて、優しく目を細めた。
バルさんは顔を赤くしながら口をとがらせて、ぶつぶつ文句を言う。
「なんだよ、俺がいつ迷惑かけたんだよ。
俺だって……頼まれごとのひとつやふたつ……」
「だから。お前は前科があるんだよ」
オルメスさんがそんなバルさんの肩を叩いて笑っている。
リアルガの町を吹き抜けていく風が心地良かった。空気は、いつの間にか澄んでいた。
この町に着いたときに感じた毒の気配はもう感じない。
これがディマーズの力なのか。
たった一人でリアルガの町の毒を消せる人――。
シロさんと互角の勝負ができる人――。
僕はそっと近くにいるレミケイドさんを盗み見ようとして、すぐに気づかれたから慌てて目をそらした。
僕たちはマイカに向けて出発した。
一刻も早く馬車を用意してリリーパスに行かなくては――。
僕は祈った。
どうか――。
どうかセリちゃんの命が助かりますように。
セリちゃんが元気になって、ずっとずっと、僕と一緒にいてくれますように、と――――。
第19章 再起の黒
<SAIKI no KURO>
〜derivation〜 END




