piece.19-7
セリちゃんの長い髪。セリちゃんの願い。
きっとすごく大事な願いがこめられていたんだと思う。
だって――。
(……あいつの髪、いつから短いんだ……?)
シロさんも気にしてた。
(……まだ自分の髪、ナイフで切ってるの?)
ステラも気にしてた。
セリちゃんのこの髪は、セリちゃんにとってどういうものだったんだろう。
本当に燃やしてよかったんだろうか。
僕もセリちゃんと一緒に火を見つめた。
セリちゃんの髪が真っ黒に染まり、黒煙を立ち昇らせて空へと上がっていく。
セリちゃんがポツリとつぶやいた。
「団長みたいになりたかったの」
風に消されてしまいそうなくらいの、小さな声で。
セリちゃんがつぶやいた。
「強くなりたかったの。大切な人を、誰にも奪われないように。
悪いやつらから、大切な人を守れるように。
団長に憧れてた。あの人みたいになれれば、もう大切な人を失わずに済むって、ずっとそう信じてた」
セリちゃんの言う『団長』のナナクサを、僕は知らない。
僕の知ってるナナクサはシロさんだから。
でも、ナナクサが強く何かを惹きつけるものを持っているのは知っている。
嫌でも目が離せなくなって、心を奪われて、虜にされる――。
ナナクサは、そういう危険な空気を持っている。
セリちゃんは、きっと――……ナナクサに魅入られてしまったのかもしれない。
もしかしたら――今も――……。
「団長が私を苦しめている毒の正体だって言われてても、団長のことを忘れなくちゃって思ってても、やっぱり私は団長から離れることができなかった……。
いつまでも髪を伸ばしてたのが、その証拠……」
ふいに風向きが変わって、煙が僕たちに向かってきた。
僕はとっさにセリちゃんの前に出て、煙の盾になる。またセリちゃんの咳が止まらなくなったら大変だ。
「この髪ね、アスパードの仲間に髪をつかまれたときに自分で切り落としたの。邪魔だったから。
私が髪をつかまれなければ、刺されずに済んだ子がいるの。
記憶は断片的だけど、はっきり覚えているのは強い殺意。小さな子供を笑いながら傷つけようとする相手への……燃えるような殺意。
あとは――髪を切り落とした瞬間の、自分の体が裂かれたような……強い喪失感……」
そこでセリちゃんは、一呼吸おいた。
そして一歩前に出て、僕の隣に並んだ。
「私みたいな弱いやつは、髪を伸ばす資格なんてない。自分の弱点を増やすだけ。私は団長みたいになれない。
そう思うと悲しくて……髪が伸びると、切るようになったんだ。
……そういえば、ステラに『切るにしても、もうちょっとマシな切り方しなさい』って怒られたっけ」
セリちゃんがほんの少し、目を細めた。
「もう伸ばさないの?」
僕が尋ねると、セリちゃんは火の中で燃えていく髪を見つめながら答えた。
「さっきね、レミケイドがこの髪を出したとき、すごく怖かったの。
この髪の一本一本に団長がいる。そう思ったら、すごく怖かった。
私……団長になろうとしてたのかもしれないって、いまさら気づいたの。
あの人の毒から離れなくちゃって、ずっと考えていたくせに。違う生き方を選ぶんだって決めたくせに。あの人と決別する覚悟を持ってディマーズに入ったのに。
なのに、私はあの人と同じ方向に進んでた。あの人の声がね、耳元で聴こえるの。
今もね、私のことを呼んでるの。『ほら、早くこっちにおいで』って……」
「そんな人いないよ」
僕は思わず口を挟んだ。
セリちゃんが驚いたように僕のことを見る。
「ここにいるのは僕とセリちゃんの二人だけだよ。そんな人は、ここにはいない」
セリちゃんの瞳が揺れた。
「……そうだね。
この声を聴くのは――もう終わりにしないと……」
セリちゃんが空を見上げる。
灰色の空には、重くて暗い雲が広がっている。
風はいつの間にか止んでいた。
黒い煙は、途切れることなく空へ空へと伸びていった。




