表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流転するアルケウス ~inherited Meme~  作者: イトウ モリ
第19章 再起の黒 〜derivation〜
200/395

piece.19-7



 セリちゃんの長い髪。セリちゃんの願い。

 きっとすごく大事な願いがこめられていたんだと思う。


 だって――。

 

(……あいつの髪、いつから短いんだ……?)


 シロさんも気にしてた。


(……まだ自分の髪、ナイフで切ってるの?)


 ステラも気にしてた。


 セリちゃんのこの髪は、セリちゃんにとってどういうものだったんだろう。

 本当に燃やしてよかったんだろうか。


 僕もセリちゃんと一緒に火を見つめた。


 セリちゃんの髪が真っ黒に染まり、黒煙を立ち昇らせて空へと上がっていく。


 セリちゃんがポツリとつぶやいた。


「団長みたいになりたかったの」


 風に消されてしまいそうなくらいの、小さな声で。

 セリちゃんがつぶやいた。


「強くなりたかったの。大切な人を、誰にも奪われないように。

 悪いやつらから、大切な人を守れるように。

 団長に憧れてた。あの人みたいになれれば、もう大切な人を失わずに済むって、ずっとそう信じてた」


 セリちゃんの言う『団長』のナナクサを、僕は知らない。

 僕の知ってるナナクサはシロさんだから。


 でも、()()()()が強く何かを惹きつけるものを持っているのは知っている。


 嫌でも目が離せなくなって、心を奪われて、(とりこ)にされる――。

 ナナクサは、そういう危険な空気を持っている。


 セリちゃんは、きっと――……ナナクサに魅入られてしまったのかもしれない。

 もしかしたら――今も――……。


「団長が私を苦しめている毒の正体だって言われてても、団長のことを忘れなくちゃって思ってても、やっぱり私は団長から離れることができなかった……。

 いつまでも髪を伸ばしてたのが、その証拠……」


 ふいに風向きが変わって、煙が僕たちに向かってきた。


 僕はとっさにセリちゃんの前に出て、煙の盾になる。またセリちゃんの咳が止まらなくなったら大変だ。


「この髪ね、アスパードの仲間に髪をつかまれたときに自分で切り落としたの。邪魔だったから。

 私が髪をつかまれなければ、刺されずに済んだ子がいるの。

 記憶は断片的だけど、はっきり覚えているのは強い殺意。小さな子供を笑いながら傷つけようとする相手への……燃えるような殺意。

 あとは――髪を切り落とした瞬間の、自分の体が裂かれたような……強い喪失感……」


 そこでセリちゃんは、一呼吸おいた。

 そして一歩前に出て、僕の隣に並んだ。


「私みたいな弱いやつは、髪を伸ばす資格なんてない。自分の弱点を増やすだけ。私は団長みたいになれない。

 そう思うと悲しくて……髪が伸びると、切るようになったんだ。

 ……そういえば、ステラに『切るにしても、もうちょっとマシな切り方しなさい』って怒られたっけ」


 セリちゃんがほんの少し、目を細めた。


「もう伸ばさないの?」


 僕が尋ねると、セリちゃんは火の中で燃えていく髪を見つめながら答えた。


「さっきね、レミケイドがこの髪を出したとき、すごく怖かったの。

 この髪の一本一本に団長がいる。そう思ったら、すごく怖かった。

 私……団長になろうとしてたのかもしれないって、いまさら気づいたの。

 あの人の毒から離れなくちゃって、ずっと考えていたくせに。違う生き方を選ぶんだって決めたくせに。あの人と決別する覚悟を持ってディマーズに入ったのに。

 なのに、私はあの人と同じ方向に進んでた。あの人の声がね、耳元で聴こえるの。

 今もね、私のことを呼んでるの。『ほら、早くこっちにおいで』って……」


「そんな人いないよ」


 僕は思わず口を挟んだ。

 セリちゃんが驚いたように僕のことを見る。


「ここにいるのは僕とセリちゃんの二人だけだよ。そんな人は、ここにはいない」


 セリちゃんの瞳が揺れた。


「……そうだね。

 この声を聴くのは――もう終わりにしないと……」


 セリちゃんが空を見上げる。

 灰色の空には、重くて暗い雲が広がっている。


 風はいつの間にか止んでいた。


 黒い煙は、途切れることなく空へ空へと伸びていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ