piece.3-5
「すごいな。本当に誰も気づかないな……」
セリちゃんが緊張しながらも、宿屋の食堂で夕食を食べている。フードはかぶっていない。
なんてったって僕の目の前にいる今のセリちゃんは、すごくかわいい女の人だ。
化粧売りのお姉さんたちと仲良くなれたので、僕のお化粧スキルはこの一日でかなりの腕前になれた。帰るころには、うちの店で働かないかとまで言われてしまったくらいだ。
きつい感じの雰囲気の女の人が、優しい印象になるために必要な色はピンク! というお店のお姉さんたちのアドバイスを守り、ピンク色をフル活用させてもらった。
いまセリちゃんが着ている服も、とってもかわいいのにした。セリちゃんは着るのを嫌がったけど。
こんなかわいい女の人が【皆殺しのセリ】ちゃんだなんて、誰も思うまい。えっへん。
僕はちょっと得意になっていた。
僕の足もお医者さんに見てもらったら、『成長痛』というものだとわかった。
要は体が大きくなるときに出る痛みなんだそうだ。だから痛いのは仕方ないし、でも心配するものではないらしい。
セリちゃんと一緒にいるようになってから、僕はお腹が空いたなって思えば、ごはんが食べられるようになった。それも毎日ちゃんと。
しかも、おやつまでもらえる。
きっとそのせいで、今までずっと小さいままだった僕の体がいきなり大きくなり始めたのかもしれない。
早くセリちゃんと同じくらいの背になりたい。
早く大人になって、少しでもセリちゃんの役に立ちたい。
僕がそんなことを考えていると、突然声がかかった。
「よお、ねえちゃん。いい女だな! そんなガキの相手してないでこっちで俺たちと飲もうぜ!」
酔っ払った男の二人組が、僕とセリちゃんの食事しているテーブルに寄ってきた。
レネーマの客の男たちを思い出してしまい、勝手に僕の体が震えた。
大人の男たちは怖い――。酔っぱらいは余計に――。
「食事がまずくなる。話しかけないで。向こうで勝手に飲んでな」
セリちゃんが怖い顔で男たちを睨む。
「おいおいなんだよその口の聞き方はよ! 礼儀がなってねえ女だなあ! 来いよ! そんな口きけねえようにしてやるよ!」
男の一人がセリちゃんの手を無理やりつかんだ。
そのときちょうど食堂の扉があき、大きな男の人が中に入ってきた。
その人はいきなり立ち止まると、酔っぱらいとセリちゃんのことをじっと見つめた。
「何だコラ? 文句あんのか?」
「見せもんじゃねえぞコラ!」
酔っぱらいがその男の人にどなる。セリちゃんもその人のことを見て、何に気づいたのか体がびくっとなった。
「やばいバルだ。カイン! パン!」
セリちゃんがいきなり大きな声を出したので、僕はわけもわからないままパンのスライスが載ったお皿をセリちゃんに渡す。
ビュッ!!
鋭い音を立て、セリちゃんの投げたパンのスライスは、「あ! あ!」と口を開けているバルさんの口の中へと突き刺さった。
「へひひゃへーひゃ!」
間一髪。
セリちゃんの投げたパンが、バルさんの「セリじゃねえか!」と思われるセリフを封印した。
「バル、久しぶりだな。ん? 名前を覚えてない? 私はトーキだ。バルはバカだから私の名前すぐ忘れるなぁ。しょうがないやつだ。トーキだぞ私は。いい加減名前を覚えろ。トーキだトーキ」
セリちゃんはしつこく偽名を連発しながら、自分の手をつかんでいた酔っぱらいを簡単に振りほどき、もうひとりの酔っぱらいの方へ突き飛ばした。
「このアマぁ! なめやがって……!」
「おいおい、この女にナンパなんてやめとけやめとけ」
バルさんが大きな体でセリちゃんと酔っぱらいの間に入った。
「こいつはな、ほーひへへほふはっほはふほへひほひっへは……」
「よーしバル。腹ペコだな? もっと食べろー」
セリちゃんはバルさんの口の中に、休む隙を与えずにどんどんパンを押し込んでいる。
たぶんバルさんは「こうみえても【皆殺しのセリ】と言ってな……」と言おうとしたんだと思う。
僕はハラハラしながら成り行きを見守る。もう気が気じゃない。
「おい、こいつ……どっかのギルドに所属してるヤツじゃねえのか……?」
酔っぱらいの一人がバルさんを見て、なにかに気づく。
「ああそうさ! 俺は【ラス】のバルサールだ! 血の気が多くて血管切れそうな野郎どものトラブルにゃあ、ラスのバルサールにご指名を! ってな!
そんなわけで俺はそこそこ強いぜ。まあここにいるへひひふはへへは……」
「よーしバルおかわりだぞー。たんと食べろー」
再び間一髪。
セリちゃんがバルさんの口にパンの投入を開始する。
たぶん「ここにいるセリに比べれば……」的なことを言おうとしたんだと思う。たぶん。
「ちっ、わかったよ! 酔いが冷めちまったぜ!」
酔っぱらいの二人組は、大人しく店を出ていった。
たぶんバルさんが大きくて、すごく強そうだったから、逃げたのかもしれない。
「……バル。次私の名前言ったら息止めるよ。私の名前はトーキだトーキ。いい子だから言ってごらん。はい問題です。私の名前はなーんだ」
セリちゃんが、そんな強そうなバルさんの太い首をつかみながらニコニコしている。
どうしてだろう。
セリちゃんはニコニコしてるはずなのに、妙に僕の背中がスースーしてなんだか寒い。
僕はバルさんが、ちゃんとトーキと呼んでくれますようにと必死に祈った。




