piece.19-6
セリちゃんが息をのむ音が聞こえた。
さっきまで顔色が良かったはずなのに、またセリちゃんの顔が真っ青になる。
「君が願掛けで髪を伸ばしていると聞いていたから、勝手に捨てるのもどうかと思い、回収したんだが……余計だったか?」
レミケイドさんが引きつった顔のセリちゃんを見て、少しだけ困ったような顔をした。
「……あ、ううん。
すごく久しぶりに自分の髪と対面したから、ちょっと驚いたというか……でも私、三つ編みなんかしてなかったと思うんだけど」
「ああ、扱いやすいように俺が結った」
「レミケイドが? ……この両端のリボンも?」
「君の好みの色が分からなかったから適当に選んだ。気に入らないのであれば、他の色へ変えてくれ」
「え? どこまで冗談?」
「冗談を言ったつもりはない」
少しだけレミケイドさんがむすっとした顔をする。
小さく嘆息して、レミケイドさんがセリちゃんの髪の束をベッドに置いた。
「余計なことをしたようだ。捨てるなり燃やすなり好きにしてくれ。これは君の髪だ」
「ごめんレミケイド、ありがとう。
まさかこんなにかわいく結んでくれたなんて意外すぎてびっくりしちゃったんだって。気を悪くしないで。
私もレミケイドに借りてた鎖、返すね。ずっと借りててごめん。すごく助かった」
セリちゃんが腰に下げた鎖から、斧を外そうとしていると、レミケイドさんが手で制した。
「使いやすいものを使うことが最上だ。君が嫌でなければそのまま使っていて構わない。
出発は明日だ。それまでゆっくり休むといい。俺はラスの二人が片づけた連中の処理をしてくる」
レミケイドさんはまた部屋を出ていこうとして、立ち止まって振り返るとセリちゃんに声をかけた。
「……その髪のときの少女は生きてる。
もう自分を責めなくていい」
セリちゃんは最初、ぽかんとした顔でレミケイドさんが出ていった扉を見つめていた。
レミケイドさんがいなくなったあとも、しばらく固まったまま全然動かなかった。
さすがに心配になって、声をかけようかどうか僕が思い始めたころ、セリちゃんは両手で顔を覆って、静かに深いため息をついた。
小さな、消えそうな声で「良かった……」という言葉が聞こえた。
僕は声をかけず、しばらく黙っていた。
なんとなくだけど、セリちゃんが泣いているような気がしたから。
少しずつセリちゃんの呼吸が規則的なリズムに戻ってくる。
小さく息を吐くと、セリちゃんは顔を上げた。
僕の思ったとおり、やっぱり目には涙の跡が残っている。
僕は黙って待った。
セリちゃんが声をかけてくれるのを。
「カイン、少し歩ける? ちょっと外に出ない? といっても、私も体がガタガタで、この宿屋の庭くらいまでしか出られそうにないけど」
セリちゃんが笑った。少しだけ表情に力が戻ってきているみたいに見えた。
そのくらいの距離なら、僕だって大丈夫。
僕は笑ってうなづくと、セリちゃんを支えて立ち上がった。
セリちゃんは宿の人に声をかけ、薪と火を分けてもらった。それを持って裏庭に出て、小さな焚き火を作った。
「この髪、燃やす」
セリちゃんはそう宣言すると、迷うことなく自分の髪の束を火に焚べた。
レミケイドさんは、この髪に願掛けしてたって言ってた。
女の人は髪に願い事をして、その髪を願いが叶うまで切らずに伸ばすって聞いたことがある。
この髪には、セリちゃんの願い事がこめられている。
どんな願いを掛けていたのか、その願いは叶ったのか、僕は尋ねてもいいのか迷った。
「良かったの?」
「うん」
セリちゃんの目は、まっすぐに火の中を見つめていた。その声に迷いはなかった。




