piece.18-10
僕がセリちゃんの背中をなでると、浮き出ている骨の感触が嫌でも指に伝わってきた。
本当はセリちゃんをぎゅーって抱きしめたかった。
だけどそんなことをして、セリちゃんの体が折れてしまったらって思うと怖くてできなかった。
胸が詰まって、苦しくなる。
「……セリちゃん、すっごく痩せたね……」
「うん、なかなか立て込んでてね、あんまり食べてるヒマがなかったからさ。
カインは背が伸びたね。あと、なんかたくましくなった。なんか背中とか腕とか……ちょっと筋肉ついた?」
セリちゃんが優しい笑顔を浮かべて僕を見た。
「ほんと!? そうかな! 僕ね! けっこうがんばったんだよ!
シロさんってば僕にすっごい重たい荷物ばっかり持たせるしさ、力仕事ばっかり押しつけて自分はゴロゴロ寝てばっかりだしさ。
でもね、おかげで力はついたんだ。目標はね、バルさんみたいになることかな!」
「……バルに? カインが? バルに?」
セリちゃんがきょとんとしたあと、突然吹き出した。
「ダメ! それ変! カインの顔でバルの体は変だって!
……ム……っ、ムキムキのカイン……っ! 合ってない! 顔と体が合ってないっ!」
セリちゃんは笑い過ぎで咳までし出した。
「セリちゃん……笑いすぎだよ……」
ちょっと軽くショックだったりする。
僕だって男だもん。筋肉ムキムキのたくましい身体に憧れて何が悪いんだよ。
そんで僕だっていつかはセリちゃんを軽々抱きかかえたりなんかしちゃったりしてさ……。
セリちゃんがいつまでも咳こんでいる。
ひどい! いくらなんでも笑いすぎ!
「セリちゃん、そこまで笑うことな……」
なにかがおかしい。
セリちゃんの咳が止まらない。
嫌な記憶がよみがえる。
前に嫌がらせで、咳が止まらなくなる粉をかけられて、死にかけたシロさんのことを――。
口を押さえるセリちゃんの指の間から、赤い水が漏れ出てくる。
「……セリちゃん……? ……セリちゃん!? それ……っ! 血じゃないの!?」
「……だい……っじょ……ぶ」
「大丈夫なわけないよ! お医者さん呼ばなきゃ! 待っててすぐ……」
駆け出そうとした僕の服を、セリちゃんが強い力でつかんだ。
セリちゃんは首を横に振っている。
僕には理由が分からなかった。セリちゃんが僕を引き止めている理由が――。
「だって! 絶対おかしいよ! 治してもらわなきゃ!」
突然、部屋の扉が開いた。
勝手に部屋に入ってきたのは、シロさんがおかしくなった時に駆けつけてくれたあの男の人だった。
すごく怖い顔をしている。嫌な予感がした。
「なに勝手に入って来てるんだ!」
僕はセリちゃんを庇うように前へ出た。
まずい。もしこいつがアスパードの仲間だったら――。
「こんなことだろうとは思っていた。
最後の治療はいつだ。その前は。覚えている限り言うんだ」
その人は僕を無視してセリちゃんに話しかけていた。
「……さっき……数えきれないくらい……いっぱい……」
セリちゃんは苦しそうに息をしながら、男の人に答えている。
苦しそうだけど、セリちゃんの目は困ったように笑っていた。
もしかしてこの人、セリちゃんの知り合い……?
「正気の沙汰じゃない。笑えない冗談だ」
男の人の冷たい言葉に、セリちゃんは小さく笑って返した。でも微笑んではいるけれど、その顔色はすごく悪い。
「レミケイド……笑わせる冗談……あるの?」
レミケイド? 聞いたことのある名前だ。
――そうだ。アダリーさんが言ってた人だ。『レミケイドは殺された』って……。
セリちゃんが殺したって……。
「喀血は末期。君はあと数日で死ぬ。自分の状況を分かっているのか?」
レミケイドと呼ばれた男の人は、無表情でそう言い放った。
……いま……なんて……?
僕は目の前が真っ暗になった。
僕の聞き間違いであってほしい。
セリちゃんが、あと数日で死ぬなんて――……。
第18章 改過の黒
<KAIKA no KURO>
~exhaustion〜 END




