piece.3-4
街はにぎやかだ。
食べ物のにおい。人のにおい。いろんなにおいがする。
にぎやかな街の中を、他の人たちと同じように僕は堂々と歩いている。もちろん、ここでは誰も僕をゴミみたいに見る人はいない。
僕はもうゴミじゃない。それがすごく嬉しい。
街の広場に人だかりができていて、派手で真っ赤な布が見えた。
もしかしてキキョウさんが言ってたキャラバンかも――。
僕の足が大きな赤い布へと引き寄せられていく。舞台へと近づいていくと、だんだん軽やかな音楽も聞こえ始めてきた。
真っ赤な布で囲まれた舞台のまわりは人が多すぎて全体は見えなかったけれど、きれいな女の人たちが変わった衣装を着て、細い剣を持って踊っているのが見えた。
音楽に合わせてシャラン、シャランと鳴る不思議な音は、衣装や剣の飾りがたてている音みたいだった。
僕は気づいた。
セリちゃん、この人たちみたいなお化粧をしようとしたんだな……。
顔立ちをはっきりさせるような舞台用の化粧だ。普通の人がするような化粧ではない。
濃い紫色や藍色で目を縁取りしている。真っ赤な口紅がくっきり笑顔の形になるように描き込まれている。
セリちゃんがなにを目指してあんなひどい顔になったか納得した僕は、人だかりから離れておつかいを再開することにした。
セリちゃんって、ぶきっちょなんだな……。
セリちゃんの、まるで口裂けモンスターみたいなお化粧と、踊り子の女の人たちのお化粧の出来を比べて、僕はまたおかしくなって吹き出した。
「おや……? うちの踊り子たちの舞に、そんな笑うようなおかしい部分があったかい?」
すぐ背後から声がかかり、僕はあわてて振り返った。
すごく派手な格好をした女の人が僕の後ろに立っていた。
よく分からない迫力を感じて、僕は思わず一歩後ろに下がる。
息をすることを忘れてしまうくらいに、すごくきれいな人だった。――なんていうか、怖いくらいに……。
「あ……ごめんなさい。違うんです。
僕の……えーっと……お姉さんが、あの人たちみたいなお化粧をしようとして、なんていうかすごくヘタクソだったので、それを思い出して笑ってしまったんです」
派手で美人なお姉さんは、ゆっくりと目を細めて言った。
「へえ……。どれくらい下手だったんだい?」
そりゃあもうすごかったんだから! と、言いたいのを僕は我慢する。
しょぼんとなって落ち込んでたセリちゃんの顔を思い出し、つい笑いが――じゃなくて、あんまりひどいことを言うのはよくないなと考え直す。
「えーと、ちょっとだけ……、女の人としては、ダメかな? ……くらい……かな?」
「へえ。じゃあそのお姉さんにはうちの踊り子たちをちゃんと見て勉強してもらわなきゃだねえ。
これを持っておいき。夜の部の招待状さ」
いつどうやって出したのかわからなかったけれど、派手なお姉さんの指の間にはチケットが二枚挟まっていた。
それを僕の前に出してきた。でも――。
「ごめんなさい。僕、お金はおつかいの分しか持ってないから、それ買えません」
「金なんていらないさ」
その人は僕を見て妖しく微笑んだ。僕はなんとなく気づいてしまった。この人、僕のこと――買う気かも……!
僕はあわてて、さらに一歩後ろに下がる。
「あ、ごめんなさい! 僕、えっと……お姉さんから体を売るのはだめって注意されたばっかりなので! そういうのもしませんので! だから買えませんし買いません!」
「あっはっは……! こりゃあいいや!」
派手なお姉さんは見かけによらず、大きな口を開けて豪快に笑った。
「やるよ! 持ってけ! くれてやるよ!」
お姉さんは何が面白いのか、必死で笑いをこらえている。
「え? いいんですか?」
驚いている僕の手に、お姉さんは強引にチケットを押し込んだ。
「お化粧べたのアンタのお姉さんとやらに渡しておくれ。
アタシからのプレゼントさ。二人で見においで、待ってるよ」
見た目のわりに親切な人だなあ……。
僕は迫力美人のお姉さんにお礼を言ってチケットを受け取ると、今度こそおつかいを再開した。
ときどきお尋ね者の張り紙を見かける度に、僕は近づいていって誰が貼られているのかを見に行った。その中にセリちゃんの顔もある。僕はその顔をじっくりと観察する。
やっぱり僕と一緒にいるセリちゃんは、この張り紙のセリちゃんとは全然顔が違う。髪の長さが違うってこともあるけど……。
セリちゃんはこんな怖い顔したことない。
にこにこ笑っているセリちゃんは、この張り紙のセリちゃんとは別人みたいに見える。
「よし!」
僕の中でのセリちゃんの変装イメージが決まった。




