piece.17-11
どうしてこんなに赤いんだろう。
世界が真っ赤に染まっている。
まるで……。
まるで、ブラッド・バス――?
違う、セリちゃんにそんな呼び名は似合わない。
僕はそんな言葉、大っ嫌いだ。
僕以外はみんな眠っているみたいだった。
どうしてみんな、突然寝てしまったんだろう。
どうして僕だけ起きてるんだろう。
まるで時間が止まってしまったみたいだった。
ふと振り返ってみると、アスパードの顔が逆さまになっている。
――え……? 何で逆さま……?
僕はすっかり静かになっていたアスパードの姿を凝視する。
アスパードの目は、大きく見開いて、僕のことを見つめていた。
体は逆さまじゃないのに、顔だけが逆さまだった。
あれ? おかしいな。なんでだろう。
ようやくアスパードがどういう体勢なのかを、僕の頭が理解できるようになってきた。
アスパードの首は半分だけつながった状態で、ぶらんとひっくり返っていた。
そんな不思議な恰好をしたアスパードの前に、真っ黒な影が立っている。
影が手に持った大きなナイフから、真っ赤な雫が滴り落ちた。
ぴちょん……という静かな音を立てて、赤い雫は影の足元に溶けていく。
「……シロ……さん……?」
僕は黒い影に呼びかけた。
影がゆっくりと振り返る。
思ったとおり、やっぱりシロさんだった。
シロさんはナイフについた真っ赤な水を払うと、僕に向かって歩いてきた。
シロさんの顔には、なんの表情もない。
シロさんがどこを見てるのか、僕は分からなかった。
シロさんの瞳の奥は、いったいどこにつながっているんだろう。
真っ暗な洞窟みたいだ……と思った。
「72点」
シロさんの低い声が、やけに大きく響く。
シロさんが歩くたびに、赤い水が跳ねた。
「縄を切るまではもたついたが、腕を抜くのはまあまあ早かった。初めての実戦にしちゃあ上出来だ。
強いていうなら……」
肩と腕に強い痛みが走って、僕は思わず呻いた。
「自分で関節外したんなら、ちゃんと自分ではめろ。すぐにな」
シロさんにはめてもらったら、ようやく腕が動くようになった。
夢中だったせいで、自分で関節を外していたなんて思いもしなかった。
道理で腕が動かないと思った。
「ありがと、シロ……」
言いかけて、声が出なくなってしまった。
シロさんが黙って僕の頭をなでたから。
シロさんに頭をなでられるときは、だいたい僕をバカにしたり子供扱いしてるときばっかりだった。
真面目な顔のシロさんに頭をなでられたのは、たぶん初めてだった。




