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流転するアルケウス ~inherited Meme~  作者: イトウ モリ
第3章 布帛の赤 〜complication〜
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piece.3-3



 僕たちは馬車に乗せてもらって、予定していたより早く次の街についた。


 インパスという名前の街は、僕が住んでいた街よりも大きくてきれいだった。なんていうか、明るい。あと、汚くなさそう。


 キキョウさんと別れた僕たちは、さっそく宿屋に泊まることにした。


 宿屋のおかみさんは、フードをかぶったセリちゃんと僕のことを怪しそうにじろじろと見る。


「部屋は一つでいいのかい? 失礼だけど……二人はその……」


 もしかしてセリちゃんがお尋ね者って疑われてるのかも……。


 緊張で固まっている僕の背中を、セリちゃんがそっと優しくなでてくれる。


「この子は腹違いの私の弟です。父が毎晩酒を飲むたびに私たちを殴るので二人で逃げ出してきました。

 それで、あの……弟の足の具合が良くないので、もしかしたら数日お世話になると思うんですけど……。

 お金はちゃんとあるんです! ただ、この先も何かと入り用なので……掃除とか片づけとか、お手伝いできることはやりますので、少し安くしてもらえるとありがたいんですけど……」


 ちょっと高めの声を出しながら、嘘をすらすらと並べていくセリちゃんのことを、僕はただ呆気にとられて見つめていた。


「あら大変だったわねえ! いいわよいいわよ。少しまけといてあげる。そんな手伝いなんて気をつかわなくたっていいから! ちゃんと治るまでゆっくりしていきな」


 宿屋のおかみさんはセリちゃんの嘘を信じたようだった。


「すみません……。そう言っていただけると助かります。でも、なにかお手伝いできることがあれば遠慮なく言ってくださいね」


 僕は余計なことを言わないように、おかみさんが用意してくれた部屋に入るまでずっと黙っていた。


 案内された部屋に入ると、前に僕が住んでいた家と同じくらい広さがあった。でもどう考えてもこっちの方がずっと快適そうだ。


 窓もあって、すごく明るいし、窓には鉢植えが飾ってあって赤い花が咲いていた。僕は嬉しくなって部屋の中をウロウロしてしまう。


 セリちゃんはというと、ふうと一息ついてベッドに腰を下ろすと、ちょっと悪い笑顔をしてつぶやいた。


「……よし。値切り作戦大成功」


 僕は心配になってセリちゃんへ声をかけた。


「……トーキ? お金足りる? 僕……お金稼いでこようか?」


 セリちゃんは僕が言っていることが分からないみたいで、きょとんとしている。


「僕、男の人にも女の人にも買ってもらってたことあるから……だいたい顔見れば、買ってくれそうな人か分かるし……。あ、でも女の人の方が乱暴なことしないし、できればそっちの方が楽にお金が……」


「カイン」

 セリちゃんが怖い声で僕の言葉を(さえぎ)った。


 セリちゃんが僕に怖い声を出したのなんて初めてのことだったから、僕は思わず体がこわばってしまう。


「やめなさい。お金はある。節約できるならするってだけ。

 それに子連れの女が『お金に困ってないです』なんて、逆に相手の興味を引いちゃうから、よくありそうな話にしておいただけ。

 いい? カイン、約束して。自分の体を売るなんてだめ。

 自分が『この人なら触られてもいい』って許せる人だけがそういうことをしてもいい人なの。

 でないと心も体もボロボロにされて必ずいつか壊れる。だから、絶対にやめなさい」


 僕は何を言われているのかよく分からなかった。


 レネーマといるときは、それが普通だった。

 僕がお金を稼いでくると、レネーマはものすごく喜んでいた。


 少しでもセリちゃんの役に立ちたかった。

 いま僕にできることっていったら、そんなことくらいしかない。ただ、それだけだったんだけどな……。


 でも、セリちゃんがだめだと言うなら僕はもうしない。

 セリちゃんに嫌われたくないから。


「……わかったよ……ごめんなさい。

 でも、もしお手伝い頼まれたらどうするの? フードしたままは変だよ。でも顔を出したらバレちゃうし……」


「そのへんは心配しなくて大丈夫だよカイン。

 さっきキキョウからお礼に化粧道具をもらったんだ。女は化粧次第でいくらでも変身できるからね。

 ほら見て。これで誰も私だって分からないでしょ?」


 セリちゃんがフードを外した。


「――っぶっ!!」


 僕は我慢できずに吹き出してしまい、あわてて両手で口をふさいだ。


 だって……! だってあまりにもひどいから……!


「セ……セリちゃ……じゃなかった……トーキ……! それ……本気……?」


 僕はなるべくセリちゃんの顔を見ないように気をつけながら質問した。息がうまく吸えない。


「前に一緒にいた占い師が大絶賛してたんだ。これなら絶対に私だなんて分からないって。『これぞ最強メイク!』ってお墨付きもらったんだけど……あれ? もしかして変……?」


 いやそれはもう……っ!


 そこへ最悪のタイミングで部屋のドアがノックされた。


「お二人さんいいかい? 入るよ? あのさ、あんたた……っぶっ!」


 宿屋のおかみさんがセリちゃんを見て吹き出した。


 そりゃそうだ。


「ぶふっ……! あ、あれ? アタシったらなにを言いに来たんだっけ? いやだねえ……ぶふっ。

 アタシも歳かもしれないねえ。思い出したらまた呼びにくるよ。悪かったねぇ……ぶふふ……っ」


 おかみさんは顔を真っ赤にしながら、笑いをかみ殺して出て行ってしまった。


 わかる。いきなり見たら記憶も飛ぶよね。すごい衝撃だよね。わかるよ、おかみさん。


「ほらみろカイン。全然バレなかっただろ?」


 セリちゃんはものすごく得意げだ。


「……バレはしないかもしれないけどね。それはたぶん女の人がやっちゃいけないお化粧だと思うよ」


 少なくともレネーマは男を相手にする仕事をしていただけあって、その辺にいる女の人よりは見た目をきれいにしていた。


 僕はそれを毎日見てたから、女の人のお化粧のことは多少は分かる。

 おそらくセリちゃんよりは、まともなお化粧ができる自信が僕にはあった。


「え? なにそれ? カインどういうこと?」


「だいたい色がどぎつすぎるよ。他にちゃんとした色なかったの?」


「こんな感じだったけど……」


 しょぼんとしたセリちゃんの顔が、すごすぎるお化粧のせいですごい顔になっている。


 だめだよセリちゃん……! その顔は反則すぎ。僕を窒息させる気? だめだよもうっ!


 僕は必死で笑わないように口に力を入れながら、セリちゃんから化粧道具を受け取る。


「……すごいね。普通の女の人が使わないような色ばっかり。

 僕おつかいに行って、ちゃんとしたの買ってくるよ。たぶん僕、セリちゃんよりお化粧うまいと思うよ」


「え? 一人で行くの?」


 セリちゃんが驚いた顔をした。僕はとっさに視線を外して、その顔を直視しないように返事をする。正直……もうちょっと限界に近い。


「うん。大丈夫だよ心配しないで。道覚えるの得意だし、迷子になったりしないから」


 なにより、その顔のセリちゃんは外に出しちゃだめだ。どこの誰よりも目立ってしまう。


 しぶるセリちゃんをなんとか説得し、僕はセリちゃんの変装セットのおつかいに出かけた。


 僕がセリちゃんの役に立てること、まずはひとつ見つけた。


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