piece.17-2
シロさんと別れて、一人で町を歩く。
まだ昼間だっていうのに、人はほとんど出歩いていない。
わずかに歩いている人も、誰も僕とは視線を合わせようとしない。
まるで逃げるように足早に去っていく。
なんだか自分の街に帰ってきてしまったような、すごく嫌な気分になってくる。
でも僕が嫌な気分になればなるほど、僕の腕の中にいる虫が元気になっていく気がして、それも面白くなかった。
どうやったらこの虫をおとなしくさせられるんだろう。
叩いたり、つねったりしてみるけど、結局僕の腕が痛くなるだけで、少しも状況は良くならなかった。
どこかで誰かが咳をしていた。ひどく重たい咳だった。
家の中にいる感じじゃない。どうやら外にいるみたいだ。
咳はなかなか止まらないらしい。すごく苦しそうだった。
たしか……前にシロさんの咳が止まらなかったときに作ってもらった薬が少しだけ残っていたはず。
カバンの中を確認すると、あと2回分くらい薬が残っていた。
僕は咳が聞こえた路地に近づく。
ボロボロのマントにくるまって、暗がりで人が苦しそうにうずくまっている。
僕の気配に気づいたのか、その人の体が強ばった。
もしかしたら、怖がらせてしまったかもしれない。
「す……すみません。咳が苦しそうだったから……。
あ、あの……薬、ここに置いときます。ちょっとしかないんですけど……よかったら……」
うずくまっていた人が、おそるおそる僕の方を振り向いた。
僕は言葉を失った。
「…………カイ……ン……?」
――ずっと。
ずっと聞きたかった声が聞こえた。
絶対に聞き間違えるはずがない。
……セリちゃんだ。
夢じゃない。本物のセリちゃんだ。
「本当に……? 本当の……カイン……?」
セリちゃんが震える声で僕の名前を呼ぶ。
セリちゃんが、僕の名前を呼んでくれる。
本物のセリちゃんの声だ。
夢じゃない……本物のセリちゃんだ……。
その声が、聞きたかった。
ずっと。
ずっとずっと、聞きたくてしょうがなかった声だった。
「……カイン……?」
確かめるように、セリちゃんが僕の名前を呼ぶ。
セリちゃんの声が、僕の名前を呼んでくれる。
どんどんあふれてくるこの苦しさはなんだろう。
苦しくて息ができない。
でも、すごく苦しいのに、嫌な苦しさではなかった。
「うん……。僕だよ……セリちゃん……」
やっとのことで、それだけを口にする。
――僕は……。
僕はやっとセリちゃんに会えたんだ……。




