piece.16-9
シロさんから町の名前を聞いたオルメスさんは顔をしかめた。
「ああ、そこか……。悪いことは言わない。帰るのやめな。嫁さん連れてるなら、なおさらな」
シロさんは頭を抱えて、ショックを受けてるような演技をする。
「……やっぱりか。俺の故郷はどうなっちまったんだ?」
オルメスさんがシロさんに同情するような視線を向けた。
「やばいのに住みつかれちまったってとこだな。
食事しようと立ち寄った店で、質の悪いのに絡まれたよ。
んで、こいつがザコをちょいとばかし痛めつけちまったら――親玉の登場さ。……そいつがやばい。
仲間になれよってスカウトされちまって……はは、参った参った。
途中の仕事を済ませたらなって、適当にごまかしてトンズラしてきたわけさ。
……まあ、当然向こうも馬鹿じゃない。もちろん消しに来たけどな」
オルメスさんが疲れた苦笑いを浮かべる。
バルさんは口をとがらせて「だから最初っから全員ぶっ飛ばしてときゃ良かったじゃねえか」とかなんとかぶつぶつ言っている。
見たところ二人は無傷のようだ。
僕はそっと胸をなでおろした。
「なあ、あんたら強いんだろ? 俺の町をなんとかしてくれよ……!」
シロさんが必死な表情でオルメスさんに懇願する。演技だって分かってても、鬼気迫る感じだ。
すごいなあ。嘘だと分かってても、なんか……かわいそうな気持ちになってくる。
オルメスさんもバルさんも、複雑そうに顔を見合わせた。
「あの手合いの専門ギルドはディマーズだな。俺たちラスってギルドじゃあ、ちょっと手に負えない。
マイカにディマーズのメンバーがまだいるみたいだからお伺いは立ててみるよ。
ただ……今はガキの大量発生で手が回らんみたいだしな、あの町に人員が割けるかどうかはわからん。少し時間がかかるかもしれない」
「……そうかい……」
シロさんはとても落ち込んだ演技をしている。
僕もそんなシロさんを心配そうに見つめる演技をした。
「なあ、その親玉がなんてやつか……聞いてもいいかい?」
シロさんが尋ねた瞬間、僕の体が緊張で固くなった。
僕は息をするのも忘れて、オルメスさんの言葉を待つ。
「……ああ、アスパードってやつさ。悪いことは言わない。普通の人間がどうこうできるやつじゃないから関わらない方がいい。
あんたはしばらく故郷に帰るのはやめておけ。かわいい嫁さんに何されるか分かったもんじゃねえよ。
本気の忠告だ、素直に聞いてくれ」
……アスパード。
その名前が出てくるのを、僕は聞く前から分かってたような気がする。
アスパードがいる。
すぐ近くに。
僕は決めたんだ。
セリちゃんとアスパードを、絶対に会わせないって。
もうこれ以上、セリちゃんを苦しめたりなんかさせない。
もちろん、セリちゃんにアスパードは殺させない。
セリちゃんの手は、血なんかで汚させない。毒にだって、近づかせるもんか。
だから――。
僕は決めたんだ。
僕が――。
僕がセリちゃんの代わりにやるって。
セリちゃんよりも先に。
セリちゃんのために。
第16章 篇首の黒
<HENSYU no KURO>
~approximation〜 END




