piece.16-1
スズシロさんの背中を追いかけながら、僕は街の中を進む。
でもなんか変だ。
いつも見ていた背中なのに、今のスズシロさんの後ろ姿は、まるで別人みたいに見える。
もしかして、僕はいつの間にかスズシロさんを見失ってしまって、違う人を間違えて追いかけているんじゃないか――。
そんなことが頭をよぎり、急に不安になってきた。
「スズシロさん……!」
僕はスズシロさんに声をかけた。でもスズシロさんは振り返らないし、返事もしない。
「スズシロさんってば」
急に立ち止まり、静かに振り返ったスズシロさんの目を見たら、少し怯んでしまった。
……うわ。なんかちょっと……久しぶりに怖い……。
「……ダメだ。やっぱしっくりこねえ」
スズシロさんが舌打ちしながら、距離を詰めてきた。
迫力に負け、僕は思わず後ずさる。
「戻せ。やっぱ今まで通り『シロちゃん』で行こうぜ」
スズシロさんが至近距離で圧をかけてくる。
「ちょ……っと! ち、近い! すっごい近い!」
僕は必死でスズシロさんを押し返す。
「ほらー、シロちゃんって呼べよー。
いつもみたいに『シロちゃんしゅきしゅきだいしゅっき♡』って言えよー」
しかし、押し返そうとするがスズシロさんはびくともしない。すでに密着している。
通りすがりの人たちが、僕たちを変な目で見ながら遠巻きに避けていく。
ああもう、目立ちたくないのに……!
そしてスズシロさんの真顔が怖い。口調がふざけているだけに余計に怖い。
「ちょっと! なに怖い顔してふざけたこと言ってんだよ! 頭大丈夫!?」
「うるせーなー、シロちゃんって呼ーべーよー!」
ウ……ウザい……。
今まで史上最大級にウザいシロさんだ。
そして耳元で大きな声を出すのはうるさいからやめてほしい。
「シロさん! 本気でやめて! 本気で離れて! 近すぎ……!」
僕は全力でシロさんを引きはがそうとする――だがしかし、シロさんは容易に剝がれてくれない。
「シロちゃんって呼ーべーよー!」
「シロさんっ! いい加減にしてっ! 怒るよ!」
「……怒られた……」
シロさんがシュンとなって離れていく。
なんだ? 何が起きたんだ?
シロさんが変だ。今まで史上最大級に変だ。大丈夫なのだろうか……。
ものすごく心配になってきた。
「ん、よし。調子出てきた。
じゃあ気を取り直して、アホたれか、その……アスパードだっけか? ってやつを探すことにすっか。
よーし、今日も酒でも飲みながら情報収集すっかなあ」
あ、元に戻った。
なんかの罠だったのかな……? 不気味だ……。
「……う、うん。そう……だね」
僕は素直にうなづけなかった。
どうやらシロさんは、まだこのマイカの街で聞き込みをする気満々らしい。
だけど僕はディマーズに見つかりそうで、ちょっと気が引けた。
「お? めんどくさくなってきたかあ?
だよなあ、だりいよなあ。アホたれのことなんか、どうでもいいよなあ。
よし、観光に変更すっか! それならいい女巡りしようぜ。そんでお前のデビュー戦のリベンジを……」
「そうじゃなくて! オレ……あんまり堂々とこの街を歩き回ると……ディマーズに……」
誰が聞いてるか分からないので、ゴニョゴニョと言葉を濁した。
「は? 何言ってんだよ。そんなこと気にしてたのかよ。簡単なことだろ?」
シロさんはあっさりと返事をした。そして、すごーく楽しそうに笑った。
その笑顔を見た瞬間、僕はすごーくすごーく嫌な予感しかしなかったのだった。




