piece.2-7
「カイン……。ねぼすけカイン。起きないと私がごはん全部食べちゃうよ」
僕が目をこすって起きると、洞窟の中にも光が入り込んで明るくなっていた。ということはもう昼に近いのかもしれない。
僕は思わず飛び起きて謝った。
「え? あれ? ごめんセリちゃん! 蹴って起こしてくれても良かったのに!」
レネーマが客を取る日は、いつもそうやって僕を蹴り飛ばして家から追い出していた。
「そんなひどいことするわけないでしょ」
優しく笑うセリちゃんは、新しい服に着替えていた。もう血も泥もついていない。
セリちゃんの腰には宝物である鎖付きの斧と、飾りのついたきれいな剣が2つとも並んで装備されている。
そういえば、旅団の劇の人たちも、こういう飾り付きの剣を持って踊っていたような気がする。
でも、僕はそんなことよりも鍋の中の方が気になってしまった。
「あれ? 今日のごはん、なんか豪華じゃない?」
鍋の中には具なしの麦粥ではなく、大きな野菜がゴロゴロ入っていた。
「うん、ちょっとね……掘ったら出てきたんだ。採れたて新鮮だからおいしいよ。食べよ」
二人で手を合わせていただきますをして、ほくほく野菜のスープを食べた。
セリちゃんの作ってくれるごはんはおいしい。体がポカポカしてくる。
ごはんというものが自分で作って食べるものだということを僕はセリちゃんから教わった。
今度、僕も作ってみようかなってひとりごとを言ったら、セリちゃんがすごく喜んでくれた。
僕の作ったごはんを食べているセリちゃんを想像すると、なんだか僕は胸がくすぐったいようなあったかくなるような、そんな不思議な感覚になる。
食事の片付けを終えて、洞窟の外に出た僕は驚いた。
「……わあ……!」
僕は思わず声を上げる。だって、村が跡形もなくなっていたからだ。
「昨日の夜に大きな火事があったんだ。風向き的に、山の方に火が回らなくて良かったよ。
もし山に火がまわったら、寝ているカインをそれこそ蹴ってでも起こして逃げなくちゃいけなかったからね」
そう言ってセリちゃんは冗談っぽく笑った。
僕は言葉が出なくなった。
だって……。
竜が村を燃やしてたんじゃないの……?
小さな影と誰かが踊っていたの、セリちゃんは見なかったの……?
セリちゃんは……あの夜、どこにいたの?
いろんなことが頭の中をぐるぐる回る。
だいたい、僕はいつどうやってこの洞窟に戻ったんだっけ。
……全部夢だったのかな……?
火事の音が聞こえたから、そのせいで夢の中で炎を吐く竜を見たのかな……?
だってあんな大きな竜がいたら、セリちゃんが気がつかないはずないし。
それよりも――あの子と約束したことが守れなくなってしまった。
「……お墓つくる約束、どうしよっか……? みんな燃えちゃって、誰がどこにいるかも分からなくなっちゃったね……」
セリちゃんが僕の頭に、優しく手を乗せる。
「カイン……。東方の国にはね、亡くなった人を燃やして弔う方法があるんだってさ。だから……きっとこれで良かったんだよ。きっと……」
セリちゃんは遠くを見ながら、ひとりごとのようにつぶやいた。
「それに……もう少しすれば――種が芽吹いて、いつかここはきれいな花でいっぱいの……きれいな場所になるよ。
きっと、穏やかな気持ちで眠れると思う」
「え?」
僕が聞き返すと、セリちゃんは伏し目で小さく首を振り、「なんでもない」と答えた。
「さあ、大きな火事もあったことだし、ディマーズが怪しんでここまで来ちゃうかもしれないしね!
じゃあ今日も頑張って逃げますか!」
セリちゃんはうーんと思いっきり伸びをすると、出発の気合を入れた。
新しい靴もゲットして、足のケガも完治した僕は、足取りも軽く歩き出す。
もちろん旅の荷物はセリちゃんとはんぶんこだ。
僕はセリちゃんの後ろ姿を見ながら歩き出す。
たまにすっかり忘れてしまうけど、【皆殺しのセリ】ちゃんと呼ばれる、実はお尋ね者の――でも実はとっても優しくて、おいしいごはんを作ってくれる、素敵なお姉さんの後ろ姿を追いかけて――。
第2章 荼毘の赤 <DABI no AKA>
~annihilation~ END




