piece.14-8
聞き覚えのある声だった。
「……え……?」
僕は声のする方を探す。真っ暗な路地。そこで這いつくばってこっちを見ているボロボロの女の人がいた。
僕はすぐに分からなかった。
その人が、レネーマだということを――。
「……えっ!? レネーマ!? なんで!? どうしてここに!?」
僕は思わずレネーマに駆け寄った。長くてきれいだった髪は、ぐちゃぐちゃになっていてゴミが絡まっていた。
着ている服は破れ、汚れ、体からは近づくのが嫌になるような異臭がした。
「ああ、カイン! 私のかわいいカイン……! やっぱりお前は私の大事な子だよ!」
レネーマが僕に抱きついてきた。すごく臭い。強い不快感に襲われ、もう少しでレネーマを突き飛ばしてしまいそうになった。
「あの女はどこにいるんだい? 一緒にいるんだろう?
ここにディマーズが来てるんだよ! あの女を突き出して金をもらおうじゃないか! そして二人で幸せに暮らすんだ! もう惨めな思いも、ひもじい思いもしなくて済むんだよ! あの女はどこにいるんだい? もったいぶらずに教えておくれよ!」
血走った眼で僕を見つめるレネーマの顔が、モンスターに見えた。
僕を食べようとしてきたモンスターの目にそっくりだった。
「……今は、いないよ……」
僕はなんとかそれだけを口にした。
苦しくて、うまくしゃべれなかった。
胸に何かが詰まっているみたいだ。息も、どうやって吸っていたのか分からなくなる。
この感じはいったい何なんだろう。
怖い。逃げたい。
レネーマがつかんでいる僕の腕が、どんどん汚れていくような――すごく嫌な感じがする。
「……まさかあんた……金を独り占めする気だね……? 育ててやった恩を仇で返す気かい!
おいディマーズ!! どこにいるんだい!? 早くここに来るんだよ!
ここにあんたたちのお目当ての【皆殺しのセリ】の仲間がいるんだよっ!」
レネーマが信じられない言葉を口にした。
「早く来いディマーズ! あんたたちの探してる【皆殺しのセリ】の仲間がここにいるんだよっ!
さっさと仕事をしに来なって言ってるんだよ!!」
「……レネーマっ!! 黙って!」
「お前も一緒に突き出してやる! 一人だけ幸せになろうったってそうはいかないよ! さあ早くしなディマーズ! ここに【皆殺しの……!」
僕はレネーマを殴った。生まれて初めて、レネーマを殴った。
レネーマが僕を睨む。その目は血走っていて、もうレネーマの顔は、人の顔をしていなかった。
「……この恩知らずが! お前なんか【皆殺しのセリ】と一緒に捕まってしまえばいいんだ! お前なんか産むんじゃなかった! お前のせいで……!」
うるさい黙れ。
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。
なんでこの人は僕の邪魔ばかりするんだ。
なんでこの人は自分のことばかりしか考えないんだ。
なんでこの人は僕のことをいつも傷つけるんだ。
僕のものを奪って――。全部自分のものにして――。
お前なんか……!
お前なんかお前なんかお前なんかお前なんかお前なんか――!
「……よせ」
シロさんが僕の肩を強くつかんだ。
僕は気がつくと、レネーマの首を絞めていた。
レネーマの爪が、僕の腕に食い込んでいる。
レネーマの目が、顔から飛び出そうなくらいにむき出しになっていた。
僕は悲鳴をあげてレネーマから離れた。
僕は……いま……いったい何を……?
「……この……っ、人殺し……! お前はやっぱり【皆殺しのセリ】の仲間だ! ディマーズに捕まってしまえ! ディマーズ! 早く助けておくれ! 殺されちまうよぉっ!」
レネーマが苦しそうに喘ぎながら叫んでいる。
その醜い姿を見ているうちに――。
不快な金切声を聞いているうちに――。
ドロドロした熱い何かが僕の中であふれてきた。
僕はこの人が嫌いだ。
大嫌いだ。
この人さえいなければ僕はもっと幸せになれたんだ。
この人のせいで僕は……僕は……!
目の前で騒ぎ立てるこの女を黙らせたい。
もう二度としゃべることができないように永遠に――!
僕は手近にあった武器を手に取った。
振りかぶった瞬間、澄んだ金属の音が僕の耳に響いた。
音を立てたのは――斧の柄に繋がっている、白銀の鎖――。
いま僕が握っているその斧は――セリちゃんの大切な宝物の斧だった。
これで、人を傷つけちゃ……ダメだ。
僕はセリちゃんの宝物で――なんてひどいことをしようとしてしまったんだろう――……。
僕の目から涙があふれて止まらなくなる。
もうこの場所には、一秒だっていたくなかった。
レネーマから、とにかく離れたかった。




