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流転するアルケウス ~inherited Meme~  作者: イトウ モリ
第13章 截然の紫 ~revelation~
135/395

piece.13-7


過剰な加害描写があります。

苦手な方はご注意下さい。




 ナナクサは自分の髪から細長い飾りを一本引き抜くと、それをおじさんの肩口へとゆっくり深く刺しこんだ。


「……っ!! ……っ!!」


 おじさんは目をむきだして苦しんでいる。だけどその開いた口からは悲鳴がまったく上がらない。


 まるで、声が出せなくなったみたいに。


 体が激しく痙攣(けいれん)している。


 僕はグートのことを思い出した。

 グートの体にもたくさんの長い針が刺さっていたと聞かされた。


 わざと急所を外して、死なないようにめった刺し――。


 人を苦しめるための訓練をした人間の仕業(しわざ)だと、レキサさんが教えてくれた。


 いま目の前でナナクサの髪飾りが、人の体に突き刺さっていくのを僕は見ていた。


「少しばかり屋敷の中を散歩させてもらったよ。

 お気に入りの女たちを牢に閉じ込めて、好き勝手にやってたみたいだねえ。ずいぶんと素敵な趣味じゃないか。

 みーんなアタシらみたいな女たちかい? それにしたって最近顔を出してやったのはいつだい? 死んで腐ってる女もいたよ。かわいそうにねえ」


 歌うように。

 優しく語りかけるように。


 ナナクサは怖いくらいにきれいな微笑みを浮かべて、まるで相手を(いた)わるように滑らかな動きで、一本、またもう一本、さらにもう一本と相手の体を突き刺していく。


 大量の汗や、涙、(よだれ)を垂れ流したおじさんは、ついには失禁までしてしまう。


 でも、不思議と血は一滴も出ていない。体がおかしなくらいビクビクと震えていた。


 体に突き刺さった飾りが、振動に合わせてシャラシャラと音をたてている。


 光景とは不釣り合いの、ひどく澄んだ音だった。


「……もう、やめてよ」


 僕は思わずナナクサに頼んだ。

 気分が悪くて吐きそうだった。


 ナナクサが怖いとは思わなかった。


 ただこんなことをしているナナクサ――――シロさんを、これ以上見たくはなかった。


「これじゃあまだ()りないだろうさ。ねえ、そうだろう? こういう病気は死んでも治らないって言うじゃないか。アンタもそのクチだろ?

 さあ……どんな気分だい? 欲しくもないものを無理やり体に突っ込まれるのがどんな具合か。気持ちいいかい?

 ……ああ、声が出せないのかい……? 残念だったねえ、助けを呼びたいのにねえ……ふふっ、可哀想にねえ」


 半開きの口からもれるのは(よだれ)と不規則な喘鳴(ぜいめい)


 口から飛び出た舌は、まるで生き物が逃げ出そうとしているみたいだった。

 目も、今にもごろりと落ちてきそうなくらいに見開かれている。


 もう嫌だ。もう見ていられない。


「……シロさんっ!!」


 思わず叫んだ。

 ナナクサが冷たい目で僕を見た。


「……でけえ声出すんじゃねえよ。人が来るだろうが」


 僕に向けられた声は、ナナクサじゃなくてシロさんの声だった。


 シロさんは手早く貴族のおじさんの気を失わせると、体に刺した髪飾りをすべて抜き、片付けていく。そしておじさんをひっつかんでベッドへと転がした。


 そして僕の手を引っ張り、ベッドに寝かせたおじさんの横へ押し倒す。


「適当に添い寝してやんな」


 僕の耳元に低くささやくと、シロさんはおじさんの上にまたがって、自分の上着を思いっきりはだけさせた。


 それと同時に見回りの兵士がノックをして部屋に入って来た。


「何か異常でも……?」


 兵士は一歩部屋に入ると、息を飲んで立ち止まった。


「おや、うるさかったかい? ちょっと激しく盛り上がり過ぎてしまったのさ。

 ふふっ……あんたらの大切な貴族様は気持ちよくおねんね中だよ。どうだい? アンタもこっちで少し楽しんでくかい?」


 毒のように甘いナナクサの声が誘う。

 指先がなまめかしく動いて、兵士を誘い込んでいる。

 

 きっと兵士の立っている位置からだと、ナナクサの背中が見えているんだと思う。

 まるで計算したかのように、月明かりがナナクサの肌を白く照らしている。


 ナナクサの真っ白な肌から、僕は目が離せなくなった。

 頭がぼーっとしてくる。

 もしかしたら、ナナクサの体から香る甘い匂いのせいかもしれない。


 兵士が静かにドアを閉める。


 操られているみたいに。

 酔っぱらっているみたいに。


 ゆっくりナナクサの方へと近づいてくる。


「ふふ……っ、お利口さんは大好きだよ……」


 怖いくらいに綺麗な微笑みで。

 怖いくらいに甘い囁きで。


 ナナクサは兵士の首に腕を絡ませ、抱き寄せると――針をそっと深く刺しこんだ。


「さて。土産でももらってさっさと出るか」


 ナナクサはシロさんの声でぼやくと、意識を失った兵士をベッドに放り出し、面倒くさそうにベッドから降りた。


 僕は心配になって、兵士の呼吸を確認した。


 ……とりあえず、息はしていた。


 きれいに整えた髪を乱暴にかきながら、シロさんが僕に指示を出す。


「馬がいたから一頭もらってこうぜ。多少重いもんやかさばるもんでも運べるから、適当に金になりそうなもの持てるだけ持ってこい。行くぞ」


「……え? あ……えっと――あ、ダメだって! 泥棒はしないって約束したじゃん!」


 大きな声を出すと、また誰か来てしまうので小さい声で抗議する。


「泥棒じゃねえよ。土産だよ土産。ちょっとくらいもらったってバレねえって」


 僕がいくら抗議をしたって、シロさんが素直に聞いてくれたことなんて一度だってない。


 やっぱり、こんなことなら野宿するんだった……。


 僕はものすごく後悔していた。

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