piece.13-7
過剰な加害描写があります。
苦手な方はご注意下さい。
ナナクサは自分の髪から細長い飾りを一本引き抜くと、それをおじさんの肩口へとゆっくり深く刺しこんだ。
「……っ!! ……っ!!」
おじさんは目をむきだして苦しんでいる。だけどその開いた口からは悲鳴がまったく上がらない。
まるで、声が出せなくなったみたいに。
体が激しく痙攣している。
僕はグートのことを思い出した。
グートの体にもたくさんの長い針が刺さっていたと聞かされた。
わざと急所を外して、死なないようにめった刺し――。
人を苦しめるための訓練をした人間の仕業だと、レキサさんが教えてくれた。
いま目の前でナナクサの髪飾りが、人の体に突き刺さっていくのを僕は見ていた。
「少しばかり屋敷の中を散歩させてもらったよ。
お気に入りの女たちを牢に閉じ込めて、好き勝手にやってたみたいだねえ。ずいぶんと素敵な趣味じゃないか。
みーんなアタシらみたいな女たちかい? それにしたって最近顔を出してやったのはいつだい? 死んで腐ってる女もいたよ。かわいそうにねえ」
歌うように。
優しく語りかけるように。
ナナクサは怖いくらいにきれいな微笑みを浮かべて、まるで相手を労わるように滑らかな動きで、一本、またもう一本、さらにもう一本と相手の体を突き刺していく。
大量の汗や、涙、涎を垂れ流したおじさんは、ついには失禁までしてしまう。
でも、不思議と血は一滴も出ていない。体がおかしなくらいビクビクと震えていた。
体に突き刺さった飾りが、振動に合わせてシャラシャラと音をたてている。
光景とは不釣り合いの、ひどく澄んだ音だった。
「……もう、やめてよ」
僕は思わずナナクサに頼んだ。
気分が悪くて吐きそうだった。
ナナクサが怖いとは思わなかった。
ただこんなことをしているナナクサ――――シロさんを、これ以上見たくはなかった。
「これじゃあまだ懲りないだろうさ。ねえ、そうだろう? こういう病気は死んでも治らないって言うじゃないか。アンタもそのクチだろ?
さあ……どんな気分だい? 欲しくもないものを無理やり体に突っ込まれるのがどんな具合か。気持ちいいかい?
……ああ、声が出せないのかい……? 残念だったねえ、助けを呼びたいのにねえ……ふふっ、可哀想にねえ」
半開きの口からもれるのは涎と不規則な喘鳴。
口から飛び出た舌は、まるで生き物が逃げ出そうとしているみたいだった。
目も、今にもごろりと落ちてきそうなくらいに見開かれている。
もう嫌だ。もう見ていられない。
「……シロさんっ!!」
思わず叫んだ。
ナナクサが冷たい目で僕を見た。
「……でけえ声出すんじゃねえよ。人が来るだろうが」
僕に向けられた声は、ナナクサじゃなくてシロさんの声だった。
シロさんは手早く貴族のおじさんの気を失わせると、体に刺した髪飾りをすべて抜き、片付けていく。そしておじさんをひっつかんでベッドへと転がした。
そして僕の手を引っ張り、ベッドに寝かせたおじさんの横へ押し倒す。
「適当に添い寝してやんな」
僕の耳元に低くささやくと、シロさんはおじさんの上にまたがって、自分の上着を思いっきりはだけさせた。
それと同時に見回りの兵士がノックをして部屋に入って来た。
「何か異常でも……?」
兵士は一歩部屋に入ると、息を飲んで立ち止まった。
「おや、うるさかったかい? ちょっと激しく盛り上がり過ぎてしまったのさ。
ふふっ……あんたらの大切な貴族様は気持ちよくおねんね中だよ。どうだい? アンタもこっちで少し楽しんでくかい?」
毒のように甘いナナクサの声が誘う。
指先がなまめかしく動いて、兵士を誘い込んでいる。
きっと兵士の立っている位置からだと、ナナクサの背中が見えているんだと思う。
まるで計算したかのように、月明かりがナナクサの肌を白く照らしている。
ナナクサの真っ白な肌から、僕は目が離せなくなった。
頭がぼーっとしてくる。
もしかしたら、ナナクサの体から香る甘い匂いのせいかもしれない。
兵士が静かにドアを閉める。
操られているみたいに。
酔っぱらっているみたいに。
ゆっくりナナクサの方へと近づいてくる。
「ふふ……っ、お利口さんは大好きだよ……」
怖いくらいに綺麗な微笑みで。
怖いくらいに甘い囁きで。
ナナクサは兵士の首に腕を絡ませ、抱き寄せると――針をそっと深く刺しこんだ。
「さて。土産でももらってさっさと出るか」
ナナクサはシロさんの声でぼやくと、意識を失った兵士をベッドに放り出し、面倒くさそうにベッドから降りた。
僕は心配になって、兵士の呼吸を確認した。
……とりあえず、息はしていた。
きれいに整えた髪を乱暴にかきながら、シロさんが僕に指示を出す。
「馬がいたから一頭もらってこうぜ。多少重いもんやかさばるもんでも運べるから、適当に金になりそうなもの持てるだけ持ってこい。行くぞ」
「……え? あ……えっと――あ、ダメだって! 泥棒はしないって約束したじゃん!」
大きな声を出すと、また誰か来てしまうので小さい声で抗議する。
「泥棒じゃねえよ。土産だよ土産。ちょっとくらいもらったってバレねえって」
僕がいくら抗議をしたって、シロさんが素直に聞いてくれたことなんて一度だってない。
やっぱり、こんなことなら野宿するんだった……。
僕はものすごく後悔していた。




