piece.13-2
僕は、声の出し方を忘れてしまったみたいだ。
「……っ! ……な……なな……な……っ!」
僕の目の前には、女装したシロさんがいる。
どう見ても女の人にしか見えない姿に変身したシロさんが、声の出なくなった僕を見て笑っている。
「――な……ななな……っ、なな……っ!」
「んー? 『なんて美しいんだ! こんな美しい女性は見たことがない! 結婚してくれ!』……か? 悪いが男に興味はない」
僕は必死で首を左右に振りまくる。
「んー、じゃあ『なんだよシロさん! すっげえセクシーじゃん! 一発ヤらせてくれよ!』……か? 悪いが男とやる趣味はない」
僕はさらに首を横にするスピードをあげる。
勝手に適当な心の声を作られて非常に迷惑だ。だけど、言葉がなにも出てこなかった。
すごく派手な踊り子の服を着て、すごく濃い化粧をしているシロさん――。
僕はこの姿に、強烈に見覚えがあった。
「なんだよ、どうした? 俺があまりにも美女すぎて声も出ないか?」
シロさんが妖しく微笑む。
この表情……僕は知っている。
だって――この人は……!
「……な……な……ななな、ナナクサ――――っ!?」
ようやく声が出た。
信じられなかった。女装したシロさんは、なんとナナクサにそっくりだったのだ。
「おっせえの。やっと気づいたのかよ、鈍いやつ。
お前はもうちょっと勘が鋭いと思ってたんだけどなあ」
嘘だ。待って。どういうこと?
え? シロさんの変装がナナクサそっくりなんじゃなくて、シロさんがナナクサだったってこと?
いや待てダメだ。きっと罠かも。落ち着け。まず落ち着こう。
僕はまずは深呼吸した。シロさんは面白がって僕を観察している。
「……シ……シロさん? ナナクサの声はちゃんと女の人だったよ。
だからいくらそっくりに似せたってだまされないからね。そりゃあちょっとはびっくりしたけどさ……」
「ああ、そうそう。最初にお前に声をかけたときは、こんな感じの声だったねえ」
そっくりそのままナナクサの声だった。完全に女の人の声だ。
血の気が引いた。
ナナクサがいる。
いま、僕の目の前に――。
僕の目にはもう、目の前にいるのはシロさんじゃなくてナナクサにしか見えなかった。
ナナクサが笑う。
喉の奥を鳴らして、くつくつと笑う。
「特殊な発声法ってやつさ。なかなか艶っぽくていい声だろう?」
ナナクサが笑う。本物のナナクサが、僕の目の前にいる。
待って……。嘘でしょ……?
じゃあ、僕が最初に会ったナナクサは、実はシロさんで――。
僕が初めて会ったときのシロさんは、本当は初めて会ったんじゃなくて、ナナクサのときに会っていて――……。
それじゃあ――最初から全部が……嘘だったってこと……?
「……ずっと……だましてたんだ……」
自分の声がすごく静かだったことに自分で驚いた。自分の声じゃないような、そんな錯覚を覚えた。
ショックだった。
すごくショックだった。
シロさんのことが、ちょっとずつ嫌いじゃなくなっていたのに。
シロさんは最初からずっと僕のことをだまし続けて、ずっと、ずっと、だまされている僕のことを心の中で笑ってたんだ。
ずっと――。ずっと最初から――……!
僕は悔しさで息ができなくなった。




