piece.2-5
セリちゃんは、日が暮れる前に戻ってきてくれた。
僕にぴったり――とまではいかないけれど、一応サイズが合うような服や靴をお土産に持って帰ってきてくれた。
「ありがとうセリちゃん。でもセリちゃんの方こそ着替えがいるんじゃない?」
セリちゃんの服は、血や泥がたくさんついて汚れていた。
「私は……まだいいよ。まだやることがあるからね。
さて、ごはん作ろうか」
セリちゃんは昨日の夕方と同じように、慣れた手際でなるべく煙が出ないように火をつける。
ここは村に敵が攻めてきたときに隠れる用の避難所らしいけど、煙が上がれば敵に居場所を知られてしまう。同じような理由で明かりも小さいものしかつけられない。
外に光がもれたら見つかってしまうからだ。
だから、最初に村に来た時に僕が休もうと言った――ひとつだけ壊れていなかったあの立派な家――、あの家で明かりをつけて食事の準備なんてしていたら、どこかで見張っている山賊に来てくださいってご招待しているのとおんなじことらしい。――ってセリちゃんが説明してくれた。
「セリちゃん? あの子どこに連れて行ったの? 今日セリちゃんは、なにしてたの?」
セリちゃん特製の麦粥が煮えるのを待ちながら、僕はセリちゃんにたずねる。
「村のみんなと一緒に送ってあげようと思って。その準備……かな。さ、できたよ」
セリちゃんが小鍋から、あつあつの麦粥を僕のお椀に取り分けてくれる。
「ごめんねセリちゃん。僕も明日は手伝うよ。
それよりも、この村にはいつまでいるの? この村にはディマーズの人たち、追いかけて来たりしない?」
「どうだろうね、カインの町もそうとう毒だらけだったから……。そっちの対応で、うまく足止めできるといいんだけどね」
セリちゃんは、かなりアツアツのはずの麦粥を、ちょっとふうふうしただけで、もう勢いよく食べ始めた。
口の中、ヤケドしないのかな……。
「セリちゃん、前から気になってたんだけど、毒ってなに?」
僕の質問に、セリちゃんは少し考え込んでから答えてくれた。
「生き物が持っている悪い部分のことだよ。
木の実にも、食べていいものと、食べちゃダメなものがあるの。
食べてはいけないものは、ただ単にマズいからじゃなくて、毒があるから。ひどいと死んじゃうから、お腹がすいたからってむやみに採って食べちゃダメだよ」
「……う、うん。気をつける」
セリちゃんが真面目な顔と声で僕を見たので、僕は思わずごはんを食べている手を止めて、何度もうなづいた。
「人の毒は……人にうつるの。人のことを傷つけたり、苦しめたり、殺したり……。
そういう……悪い人を増やしてしまうものなの。そういう人の近くにいると、自分もそういう人になってしまう……」
「僕の街の人たちは、みんな毒になっちゃってたってこと?」
「……全員ではなかったと思うけど、かなりね……。まあ、ディマーズが介入すれば、多少はマシになると思うよ」
「なんで?」
「ディマーズは毒持ち専門の討伐・更生機関だから」
僕はふーんと納得しながら、何かが引っかかっていた。
なんだろう……。
「カイン、食べ終わった? じゃあ、ほら、おいで」
セリちゃんが自分の膝を叩きながら僕のことを呼ぶ。
僕が首をかしげていると、セリちゃんは笑って言った。
「膝枕して欲しかったんでしょ? ほら、どうぞ」
僕は今日の朝のことを思い出して、恥ずかしくなってしまった。
でもセリちゃんが、朝に僕が言ったことをちゃんと覚えていてくれたのが嬉しくて、ちょっと照れながらも、いそいそとセリちゃんの膝に頭を乗せてみた。
セリちゃんが近い。
セリちゃんのにおいがする。
それに……あったかい。
あとは土のにおい。
お日さまのにおい。
麦粥のにおい……。
ここには、僕の嫌いなゴミのにおいはどこにもない……。
何も考えずに眠ってもいい。
明日のごはんの心配もいらない。
寒くない。
あったかい。
セリちゃんのにおい……。
安心のにおいがする。
体がセリちゃんの膝に沈んでいくみたい。
ずっと……こうしていたいなあ……。
……。




