piece.12-13
「さてと、じゃあいよいよ明日には出発すっか。これからは俺とお前の二人旅だなあ」
シロさんは荷物をまとめ始めた。ロバリーヌとはここでさよならになる。
ここの家族が飼っている若い雄ロバと、ロバリーヌはすっかり仲良くなってしまったのだった。
このまま引き離すのもかわいそうだということになり、ロバリーヌをお嫁に出すことになった。
宿のおじさんはロバリーヌを買い取ろうとまで言ってくれたけれど、シロさんが壊したものの弁償もあるし、僕たちはロバリーヌを譲り渡すことに決めた。
ロバリーヌはこれからここの宿のロバになる。
今夜の食事からロバリーヌの乳入り料理がふるまわれる。もちろん僕はお腹いっぱい食べるつもりだ。
ちなみに今夜の夕食代はサービスしてくれるらしい。それは、とっても嬉しい。
「女は現金だよなあ。あんなに可愛がってやったのに、二、三日ほっといただけですぐ他の雄に夢中になっちまってよお」
「……毎回名前を適当に呼んでるからじゃない?」
「だってよお、愛着がわくと……」
そこから先はシロさんが口をつぐんだ。言うのをやめたらしい。
でも僕はシロさんが続けようとした言葉がなんなのか、すぐに分かった。
「……あ、分かった。『なんだよお、俺と離れるんじゃねえよお』ってさみしくなるんでしょ?」
シロさんが僕にデコピンした。
「なんだよそれ。俺の真似のつもりか? 全然似てねえよ」
似てる。絶対似てる自信がある。そっくりだと思う。
シロさんは絶対本当はさみしがりやだ。間違いない。
言ったら殺されるから、口が裂けても言わないけど。
「なあ、そんなことよりここの姉妹、さすがに今夜は最後だし、部屋に来るんじゃねえの?
お前、いい加減どっちにするか決めたか?」
シロさんが意地の悪い笑顔を僕に向ける。
……うーん、たぶん僕とシロさんがラブラブカップルだと誤解しちゃったから、きっと部屋に来たりはしないんじゃないかなあ。
なーんて、これも口が裂けても言えないやつだ。僕自身が口にしたくもないし。
「忙しくて無理なんじゃない? お店も大繁盛だし、夜遅くまで営業して、そのあと後片付けしてれば夜中になっちゃうし。きっとそれどころじゃないんじゃないかなあ」
「ちっ、せっかくタダでレベル高めな女とやれると思ったのに……。なんだよつまんねーの!」
そんなこと言って残念がってるように見せてるけど……本当はシロさんって、ちゃんと好きな人がいるんじゃないのかなあ。
シロさんが本気で好きになる女の人って、一体どんな人なんだろう。
あ。そういえば――。
「シロさんってさ、なんでときどきハギって偽名使うの?
使うときと使わないときがあるよね? お尋ね者ってわけでもないんでしょ?
女の人に使ってるみたいだけど、どういう意味があるの?」
シロさんは面倒くさそうに顔をしかめた。
しばらくなんて返事をしようか考えていたみたいだったけれど――。
「おこちゃまには、な・い・しょ♡」
と、妙に色っぽいウインクでごまかされてしまった。
シロさんは言いたくないことは絶対に言わない人だ。
「あっそ。はいはーい。どうせオレはへなちょこなおこちゃまですよー」
僕は早々に諦める。シロさんに口を割らせるなんて、僕にはまだできない芸当だ。
「んだよ、ふてくされんなよカイン」
シロさんは笑いながら僕の頭をぐしゃぐしゃになでる。
僕はいつの間にか『へなちょこ』ではなくなったらしい。
無性に、悔しかった。
へなちょこじゃないって、シロさんに認めてもらえたことが嬉しくて。
シロさんにちゃんと名前を呼んでもらえたことが、こんなにも嬉しいなんて。
こんなことくらいで嬉しいと思っている自分が悔しくて。
僕はなんだか泣きそうになった。
そのことが余計に悔しかった。
第12章 哀傷の紫
<AISHO no MURASAKI>
~affliction~ END




