piece.12-12
夕方になってようやく目が覚めた僕に向かって、シロさんが黒い布を投げてよこした。
「これやる」
小さな金具のついた布地が二枚。厚手で、重みのある布だった。
「なに? これ……」
「手甲ってやつ。一組やる」
シロさんが自分の手首に巻いている布を僕に見せた。
見様見真似で僕も手首に巻いてみる。
そのときに硬い感触に気づいた。布地の中に仕込んであった棒状の何かを取り出してみると――。
「ナイフ……?」
小さなナイフが出てきた。人差し指大の長さと幅の、すごく小さなナイフだった。
「中に仕込んどけ。なにげに使い勝手がいいぞ。
枝も削れるし、縄も切れる。果物も皮をむいて食える。
で、そのナイフを持ってるやつが皮むき担当な。よし、早速そこのリンゴをむいてみろ。うまくむけるか採点してやる」
シロさんが篭に入っているリンゴを指さした。僕が寝てる間に買ってきていたらしい。
「……素直にリンゴが食べたいって言えばいいじゃん」
僕はシロさんのことをじろっと睨みながら、リンゴを手に取った。
「別にそんなこと言ってねえだろ。
お前がナイフくらいちゃんと使えるのか確かめてやろうと思っただけだ」
悪いけど、僕はリンゴの皮むきはうまいよ。セリちゃんによくむいてあげてたからね。
というのは口には出さずに、僕はリンゴを手にとってスルスルと皮をむく。
適当な大きさに切り分けた一切れは、皮をむいた手間賃として僕の口の中に入れた。
リンゴは甘さがさっぱりとしていておいしかった。残りをシロさんに渡す。
「お、やるじゃん。ならお前、永久皮むき係な。決定」
意地悪な笑顔のシロさんが、変な係を僕に任命してきた。そしてリンゴにかぶりつきながら、シロさんは窓辺に腰かける。
「なにそれ」
僕はいかにも不服そうな顔をして返事をした。
こんな小さなナイフなんかもらっても嬉しくないみたいに。皮むき係なんてやりたくないみたいに。
だけど、僕はなんとなくだけど、分かってしまった。
シロさんは、僕が山に捨ててきた剣の代わりに、このナイフをくれたんだということを――。
生き物を殺せないような、へなちょこな僕にぴったりのナイフを選んで、プレゼントしてくれたんだってことを。
これなら命を奪ったりしない。傷つけたりしない。
自分が生きていくのに必要な手助けをしてくれるだけの小さなナイフ。
へなちょこな僕にぴったりのナイフだった。
きっと薬をとりに行ってきた僕へのお礼なんだと思う。
でもシロさんが改まってお礼なんか言う人じゃないことはもう知ってる。
シロさんは、素直じゃないから――。
だから僕も、お礼は言わない。だってシロさんがお礼を言わないのに、僕だけ言うのって、なんか面白くないし。
もう片方の手甲にも硬い何かが入っていた。引っ張り出してみると――。
「これは?」
「んー? それか? なんの変哲もない金属の棒」
「ふーん、何に使うの?」
「好きに使えよ。握り込んで思いっきり急所にぶち込んでもいいし、相手の眼球潰すときとか、素手で触りたくない場所には便利だぞ」
「……が、眼球……っ!?」
「2つあるんだし、1個潰しても問題ないだろ?
戦意喪失レベルは抜群だぞ。あ、でもあんまり深く刺すと死んじまうから注意な。そこの線より深く刺すなよ」
「え? ちょっと待って! ……うわっ! 本当に線がある! この線って、そういう線なの!?」
ものすごく生々しい上に血なまぐさい話をしているはずなのに、シロさんはリンゴを食べながら超笑顔だ。
「ま、深く気にすんな」
「気にする! すっごい気にするって!」
「死なない程度に痛めつけるのが俺のポリシーだ。この伝説の棒を継ぎし者は【殺し=罰ゲーム】な。
どれだけ泣かせても叫ばせてもアリだが、殺しはナシな」
「なにその『伝説の棒を継ぎし者』って……。そんなすごい棒じゃないでしょこれ」
だって今さっき、シロさん自身が『何の変哲もないただの棒』と言い放った棒だ。
「人間の思い込む力ってすげえんだぜ? 『俺は伝説の勇者だ』って思ったヤツから勇者だし、『俺は世界を破滅に導く魔王だ』って思ったヤツが魔王になるんだ。
お前が信じれば、この棒を耳の穴にしまえるくらい小さくしたり、天まで届くくらい伸ばせたりできるんじゃねえの?」
「シロさん? いまなんにも考えないですごく適当にしゃべってるでしょ」
「お。さすが。よく気づいたな」
「さすがにね」
僕の答え方が気に入ったのか、シロさんが笑みを深めた。




