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流転するアルケウス ~inherited Meme~  作者: イトウ モリ
第12章 哀傷の紫 ~affliction~
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piece.12-11



「……へなちょこ。お前、剣……どこにやった……?」


 シロさんが何かに気づいて体を起こした。

 僕は椅子から立ち上がり、シロさんに背を向けながら、荷物の整理を始める。


「売ったよ。ちょっとお金が必要だったから」


 僕は嘘をついた。でも嘘だと気づかれたと思う。背中に刺さるシロさんの視線が痛い。


「へなちょこ。ちょっとこっち向け」


 僕はシロさんを無視した。

 意味もなく荷物を出したり入れたりしながらシロさんへ話しかけた。もちろん、背を向けたまま。


「ほら、シロさんも言ってたじゃん。僕みたいなへなちょこには、剣なんていらないって。

 欲しいものがあったんだ。だから売ってお金にしたんだ」


 背中に、シロさんの視線を感じる。


「手から血の臭いがした。何を隠してる?

 山にモンスターが出るって言ってたな。戦ったのか? 剣なしでどうやって倒した? その血の臭いはお前の血か?」


 血の臭い……?

 僕の手から……? 血の臭い……?


「……っ!」


 恐怖がよみがえり、僕は自分の胸を押さえた。吐き気が――こみ上げてくる。


「いいから、こっち向けよ」


 シロさんがイライラした声を出す。


「おい、へなち……」


「そうだよ! 僕はどうせへなちょこなんだよ!」


 僕は気がついたらシロさんに怒鳴っていた。


 シロさんに怒ったってしょうがない。シロさんは関係ないって、頭では分かってた。でも、もう止まらなかった。


「怖かったんだよ! もう怖くて、剣なんか……っ、剣なんか持ちたくないんだよ!

 だから捨てて逃げてきたんだ! 笑いたきゃ笑えよ! へなちょこだって! 僕だってそんなこと、分かってるさ!」


 体のふるえも涙も、自分では止め方が分からなかった。


「落ち着け」


 シロさんの眼が、静かに僕を見つめていた。


「……お、落ち着けるわけないだろ! 初めてだったんだ……!

 生き物を……殺すなんて……! 怖くて……怖くて……もう動かなくなってる相手に……っ、何度も何度も剣を……っ、刺したりして……僕……僕……っ」


 生々しい記憶と感触が戻ってくる。


 モンスターの、苦しそうな叫び声が。

 僕の剣が、モンスターの肉の繊維をブチブチと切断していく感触が。

 僕の体にかかる、血の生あたたかさが。

 むせかえるほどの、血の臭いが。


 涙があふれてくる。


 怖くなってしまった。

 すぐに逃げれば良かったのに。


 追いかけてきたらどうしよう。

 そう思ったら、もう動くこともできなくなった相手に何度も剣を突き立てていた。


 もう死んでしまったことにも気づかず、狂ったように相手を刺し続けていた。


 そんなことをしている自分が、とても怖くなった。

 血に染まった自分の手が、とても恐ろしいものに見えた。


 真っ赤な剣から、モンスターの断末魔の叫び声がずっと聞こえるような気がした。

 だから捨てた。持っていられなかった。


 思い出すだけで、涙があふれてきた。止められなかった。

 しゃがみ込んで泣きじゃくる僕を見て、シロさんが大きなため息をついた。


「やらなくてもいいことしちまったな。俺のことなんか、ほっとけば良かったのに……」


 ため息混じりのシロさんの言葉に、僕の中で何かが切れた。


「――ほっとけるわけないだろ! ふざけんなよ!

 どんな思いで僕が……! ……やらなくてもいいことなわけ……っ、ないのに……!

 くそ! 大嫌いだシロさんなんて! 人の気も知らないで……! 偉そうなことばっか……! 死にそうだったくせに……! ふざけんなっ! 偉そうな……っ、言うな……っ! もう……っ大嫌いだ……っ!」


 僕はシロさんの胸ぐらをつかんで泣いていた。


 シロさんは、そんな僕を黙って静かに見つめていた。


「悪かった。助かった。恩に着る」


 シロさんはそう言うと、優しく僕の頭をなでてくれた。


 僕はその感触で、セリちゃんを思い出してしまい、また涙が止まらなくなる。


「……くそっ、やめろよぉ、セリちゃんに会いたくなるだろぉ! 頭なでるなよお……!」


「ぶっ! お前はやっぱ、へなちょこだな!

 俺の胸ぐらつかんだ罰で、いっぱいヨシヨシしてやる! 嫌がれ! もっと泣け!」


 シロさんは笑いながら、僕をベッドに押し倒し、これでもかと僕の頭をなでくりまわした。


 僕は泣き顔を見られたくなくて枕に顔を押しつけながら、やめろやめろと文句を言った。


 でもシロさんは、僕の頭をなでるのをやめなかった。



 いつまでなでられていたんだろう。


 気がついたら僕は、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

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