piece.12-7
「さあて、へなちょこが起きてきちまったからなあ。怒られないうちにお片付けしちまおっかなあ」
シロさんはそう言うと、何人かの男たちをボッコボコにして、大泣きさせながら逃げ帰らせたのであった。
ちなみに僕は、その人たちが一体どんな悪いやつだったのかさっぱり分からない。
もしかしたら、全然悪い人じゃなかったという最悪のシナリオも思い浮かんでしまう。
誰か……僕にこの顛末を説明してくれる人、出てきてお願い。
しかしそんな親切な人が現れる気配はない。
「あー……喉乾いたあ」
シロさんがそう言うと、見物していたお客さんの一人が大きなジョッキをシロさんに渡した。
「おごるよあんちゃん! いやースッとしたね!」
「あ! 俺もおごる! いいもん見せてもらったよ!」
「おれの酒も飲んでくれよ!」
シロさんはすでに相当酔っ払っているにも関わらず、お客さんからのお酒をどんどんと飲み干していく。
そしてひととおりお客さんから飲んで回ると――。
「眠いから俺もう寝るー」
その場でひっくり返って寝てしまった。
……じ、自由過ぎる……!
「よし、じゃあもう今夜は閉店だ。今日は来てくれてありがとうよ。また明日も来てくれよ?」
宿屋の主人のおじさんが、お客さんを帰し始めた。人が減るにしたがって、食堂の中の荒れ具合がはっきりしてくる。
さっきまで隠れていたのか、姿が見えなかった姉妹さんたちも後片付けをしに奥の厨房から出てきた。
僕はぐちゃぐちゃになった食堂を見回し愕然とする。
壊れたテーブルに椅子。こぼれた料理やお酒。割れて散らばった食器――。
血の気が引いた。
「……す、すみません! か、か、片づけ……っ、手伝います!
な、なんて謝っていいものか……。暴れちゃって本当にごめんなさい!
べ、弁償も、たぶんできる限りはするんで……! ああ、でも全然足りないかも……!
は、働きます! お皿洗ったり、掃除したり、料理も……!」
頭を下げまくる僕に、おじさんは大笑いした。
「いやいや、いいんだよ。あいつらはうちの娘たちにしつこくつきまとってた連中でね、正直参ってたんだよ。
客として来る以上は相手をしなくちゃだろう? 味を占めたらどんどん図に乗ってきてね……ひどいもんさ。
かといって他の客は、都合の良いときだけ見て見ぬふりで頼りにならないし……。
さすがに今回は、俺も我慢の限界だったんだ。だから……感謝してる。
そこの兄ちゃんが起きたら、ちゃんとお礼を言いたい。伝えておいてくれるかい?」
あ、良かった。シロさん、ちゃんと悪い人を退治してたみたい。
「ご迷惑をかけたんじゃなかったんなら……安心しました」
僕はほっと胸をなでおろした。
だってこの弁償、絶対に手持ちのお金じゃ足りないもん。やり過ぎだよシロさん。
「迷惑なもんか。スカッとさせてもらったお礼さ。弁償なんて気にしなくていい。ほら、そこで寝てる兄ちゃん、部屋に運んでやりな」
僕はおじさんにお礼を言うと、シロさんの隣にかがんだ。
「シロさん。ねえ、シロさん。起きてよ、部屋で寝るよ」
僕はシロさんをゆすって起こす。
例によって、寝ぼけたシロさんが僕の頭をつかんで、顔を近づけてくることは、僕はお見通しだった。
ばしっとシロさんの顔面を手のひらで受け止め、密着を阻止した。
力尽きたシロさんの頭は、僕の膝の上に落ちる。
ふう。こんな人前であんな恥ずかしいことをされるわけにはいかない。
「……んだよぉ、俺から……離れんじゃねえよぉ……。傍にいろよぉ……」
シロさんが寝ぼけながら、僕の膝に顔をすりすりしてきた。
……な、なにっ!? まさか追撃が来るなんて! そんなの聞いてないぞ!?
「ははーん、あんたたち、そういう仲だったのか……。ああ、そうかあ、いやいいんだよ。お似合いだと思う。
いやてっきりウチの娘に色目でも使ってたのかと思ったんだが、いやいや誤解して悪かった」
宿のご主人がニヤニヤ笑う後ろで、姉妹さんたちも興味津々でこっちを見ている。
「おじさん!? 待って! たぶん絶対に誤解してる! この人ただ寝ぼけてて……!」
「……んだよぉ……俺以外の男と……口きいてんじゃねえよぉ……」
シロさんの腕が僕の腰にまわされる。
ちょっと! 本気で勘弁して!
寝言? 新手の罠? どっち!?
もうどっちでもいいから、その妙に甘えた声出すのやめて!! 鳥肌すごいから!
「おっと。彼氏はヤキモチ焼きか。ラブラブだなあ、ははは」
「ラブラブじゃないです!! 本当に勘弁してください! もう! 起きてよ! 誤解されてるよ!」
僕がシロさんをいくら叩いてもシロさんは起きてくれなかった。
仕方なく僕はシロさんを担いで部屋に連れて行くことになった。
おじさんと姉妹さんたちの生暖かい目で見送られながら――――。
ホントに勘弁してほしい……。




