piece.12-5
夜になって、宿屋の1階にある食堂で夕食を食べることにした。
泊まり客はそんなに多くはないけれど、食堂はたくさんの人たちでにぎわっていた。
お客さんへ料理を運んだり、話相手をしているのは、シロさんが仲良くなった姉妹の二人だった。
姉妹のお父さんとお母さんが料理を作る担当だ。奥の厨房で忙しそうにしている。
ここにいるお客さんたちは、みんなひっきりなしに注文やおかわりのお願いで、姉妹さんたちに休むことなく話しかけていた。きっと人気の食堂なんだろう。
「繁盛してるんだね」と、僕が言ったら、シロさんは「ま、あれだけ上玉ならな」と答えた。
どうも僕たち、会話がかみ合ってない気がする。でもめんどくさいから、そのことにはあえて触れない。
僕は黙ってキノコのキッシュを食べることにした。
実はこのキッシュにはロバの乳が使われている。この宿ではロバを飼っていて、僕の大好きなロバの乳を使った料理がたくさんあった。
なのでロバリーヌも、今回は僕たちと同じ宿で過ごしているのだった。
「ハギ、食べてる? 追加は?」
お客さんが声をかけてくる合間を縫って、お姉さんの方がシロさん(なぜかまた偽名でハギと名乗ってる)に声をかけた。
「ああ、食べてるよ。うまいメシだな。
ま、あんたの方がうまそうだけど。そうだな……じゃあ酒を……同じので」
そう答えるシロさんの顔は、絶対に僕に対して向けることのない甘い笑顔だ。
僕はこの笑顔を『対・女性用・罠モード』と勝手に呼んでいる。
「ふふっ、もう! 待ってて……?」
お姉さんは色っぽく笑って、シロさんから空のジョッキを受け取ると、また他のお客さんに呼ばれて相手をしにいく。
「……た、食べるの……?」
思わず怖くなった僕に、シロさんは笑いながら言った。
「そっちの食べるじゃねえよ」
食べるにそっちもあっちもあるのだろうか。
「ハギ? お姉ちゃんとなに話してたの?」
今度は妹さんの方が僕たちのテーブルに声をかけた。注文をお願いしているわけでもないのに、声をかけてくれるのは、僕たちが泊まり客だから気をつかってくれてるのかもしれない。
「知りたきゃ、ここが閉まった後でゆっくりな?」
シロさんの罠モードスマイルだ。
「ええ~? ゆっくりって何する気? ふふっ、ハギってやらしー。あ、カイン? おかわりは?」
急に話しかけられて、僕はびっくりしてしまった。
「あ、えっと……まだ、大丈夫」
「ふふっ、カインってかわいー。ハギと正反対~!」
妹さんもくすくす笑いながら、別のお客さんに呼ばれて去っていく。
シロさんが『対・女性用・罠モード』の笑顔から、『対・へなちょこモード』の意地悪な笑顔に変身した。
「『ふふ、かわいー♡』だってさ。
どうするへなちょこ。お前、姉と妹どっち食いたい? 手堅く妹にしとくか?」
「……っ! た、食べるって……そういうこと?」
「なんだよ。やっと分かったのか。鈍いなあ」
「……僕、疲れてるから寝るよ。できたら僕の寝てる横でするのは勘弁してよね。それかせめてもう少し静かに……」
ベベベン!!
シロさんのデコピンが、3発連続で炸裂した。
「――っぬななあぁ!?」
あまりの衝撃に、僕の口から変な悲鳴が出た。
「僕言うなって言ったろ?」
痛い。連続は痛い。3発はありえない。1発多いし。ひどい。ひどすぎるし痛すぎる。
「オ……オレは寝るんだ! うるさくして起こしたら……ゆ、許さないからな!」
僕は吹き出してるシロさんを無視して、自分の部屋に戻った。
シロさんが部屋に戻ってくる前に、睡眠を取ってしまおう。
僕は毛布をかぶると、目を閉じた。
疲れていたせいか、あっという間に眠りに落ちた。




