piece.12-1
何の脈絡もなく、シロさんが変なことを言ってきた。
「へなちょこ、今日からお前、『僕』言うの禁止な」
「……は?」
真顔のシロさんが、僕のおでこを攻撃する。
「は? じゃねえよ。なんだよ、その生意気な口のきき方は。へなちょこのくせに」
「いったぁ! 痛いってもう! 言ってる意味が分かんないよ!」
文句を言う僕に対して、まったく謝りもせずに、シロさんはまじめな顔で僕に話し始めた。
「俺はな、ふと想像してみたんだ。
いいか、へなちょこ、お前は強くなった。
お前が理想とする、誰かを守れるくらいの強い男になった……そういうシーンを想像してみろ」
「……え? う、うん……」
なんだ……『強くなった』って、仮の話か……。
ちょっとだけ喜びかけて損した。
でもシロさんが素直に僕のことを認めたりすることなんて絶対にない。それは基本、罠だ。
僕を喜ばせ、持ち上げるだけ持ち上げておいて、容赦なく落とす。
そして傷つく僕のことを見て、めちゃくちゃ楽しそうに笑うのだ。……最低すぎる。
今回は仮定の話だから、罠じゃないのだろう。
いいのか悪いのかよくわからないまま、ひとまず僕は警戒レベルを一段階下げた。
そしてシロさんに言われた通り、強くなった自分を想像してみる。
「想像したな? んでまあ、とりあえず、なんか適当な女が悪い男たちに攫われたとしよう。
お前は助けに行く。相手は強そうな男たちが……そうだなあ、10人くらいにすっか。
でも強くなったお前にとっては、敵じゃない。楽勝で倒せるはずだ。
さあ、お前はその男たちを前に、なんて言うつもりだ?」
「……え? なんて言うか?」
これはいったい、なんの質問なんだろう……?
「俺が代わりに答えてやろう。お前はきっとこう言うはずだ。
『やめろよおっ、その子を離せようっ』
――な? すっっげえ、弱っちくね?」
「……くっ」
僕はいっぱい言い返したいことがありすぎて、何も言葉が出なくなった。
人が本気で怒るときというのは、何も言えなくなるらしい。
僕はシロさんを思いっきり睨んだ。
「僕はそんなへなちょこな言い方はしない」
「ぼきゅはしょんなへなちょこないいかたはちない」
シロさんがへなちょこバージョンで僕の真似をする。完全に僕で遊んでいる。……腹立つ。
「シロさんはもしかして僕にケンカを売ってるの?」
「俺は弱いやつにケンカは売らないなあ。つまんねえもん」
「く……っ」
口ではシロさんに勝てない。もちろん力でも勝てない。悔しい。
「俺は親切で言ってるんだぞ、へなちょこ。
弱そうだから、自分のことを僕なんて呼ぶのをやめろって言ってるわけさ。
俺って言い方に変えた方が、多少は内面から強さが出てくんじゃねえのって言いたいんだよ、俺は。分かるか?」
「……言い方で変わるもんなの?」
絶対にシロさんは僕をだまそうとしている。
僕はシロさんが信用できなかった。




