peace.10-11
「もし――お前のセリちゃんが、お前に『殺してくれ』って頼んできたら――お前、あいつを殺せるか?」
「……え?」
「もしお前ができなくて、俺が『代わりに殺してやろうか?』って横から助け船出してやったら、お前…………その役――俺に譲るか?」
「……シロ……さん……?」
シロさんはいったい何の話をしてるんだろう。
殺すって……誰が? ……誰を?
「なーんてな」
ぺぺぺん♪ ぺぺぺん♪
急に曲調が変わった。
「キャラバンの演目にあるんだよ。二人の男が一人の女を取り合う話が。
女は男のどちらも選べなくて、毒を飲んで死のうとすんだけど、死にそこねて苦しんでてさあ。
んで、それを見てらんないヘタレな男二人が、どっちが女を楽にしてやるんだって、言い合いになるって話」
「……劇の、話……?」
シロさんは僕の言葉に、にやりと笑った。
いつもの――ちょっと意地悪な――いつものシロさんの笑い方だった。
「そ。お前は女を殺せない男と、女を殺してやる男……どっちの男の方が女を愛してると思う?」
ぺぺぺん♪ ぺぺぺん♪
「……え?」
どっちが愛してるか? どっちがその女の人を好きかってこと?
毒を飲んで、好きな人が苦しんでて――。
僕の頭に浮かんだのは、ナナクサに刺されて苦しんでたときのセリちゃんだった。
「どっちがどうとか、僕はわからないけど……。
僕だったら毒消しを飲んでもらって、早く元気になってもらいたいよ。
だって……苦しんでるのを見るのも、死んじゃうのも、どっちも嫌だよ。
僕は……好きな人には、元気で生きててほしい」
しん……と一瞬、静かになった。
曲の途中で、不自然な間があいたからだ。
「お前が毒消しを探してる間に、もうひとりの男が先に殺しちまってるかもしれねえぞ?」
シロさんが笑う。
僕を試すように。
僕の中を、見透かすように。
そうだ。僕がセリちゃんの毒消しをもらいに行ったとき、邪魔したのがシロさんだった。
そのときも、こんな意地悪な笑い方をして、僕のことを蹴ったり、蹴ったり、蹴ったりしたんだ。
「そういえば、お前言ってたもんな。俺があいつの王子様だとかなんとか……。
お前、俺とあいつを取り合うことになったらどうするんだ? 俺と戦うか? へなちょこの分際で」
シロさんと、戦う……?
勝てるわけがない。蹴られるのは痛いし、関節外されるのも痛いし、急所を突かれるのも痛い。
だけど、僕は酔ってたのかもしれない。
「僕はへなちょこかもしれないけど、僕だってシロさんの弱点知ってるんだからね。
セリちゃんの前で絶対『はふんは……っいったあ!」
シロさんが楽器を弾く手を止めて、僕のおでこをはじいた。いつもの倍は痛かった。
「その話はすんじゃねえ」
シロさんが怒っている。だけど僕だって怒る。
「シロさん、痛いよ! おでこの集中攻撃やめてよ! 絶対いつか穴があいちゃうよ!」
「そしたら今度はその穴に指突っ込んでやるよ」
そう言ってシロさんは楽しそうに笑った。
そしてそれは、いつもの意地悪な笑い方だった。
僕はまだ、シロさんのことがよく分からなかった。
意地悪だけど、もしかしたら本当は優しいのか――。
実は優しいと見せかけて、でもやっぱり本当に意地悪なのか――。
何が嘘で、何が本当なのか。
いつも頭の中で、どんなことを考えてるのか――全然分からなかった。
「……あ。そうだ、へなちょこ。この前の礼をしてやらねえとだなあ」
僕が返事をするよりも先に、シロさんは僕を組み伏せた。
「お、お礼!? なんのこと? ていうか、これ……! お礼をするポーズじゃないよね!?」
しまった! このタイミングで罠だ! ひどい! 完全に油断した!
「この前、俺の疲れを心を込めて取ってくれただろう? そのお礼だよ。
さあて、どうしてやろうかなあ……」
シロさんが僕の体に手を伸ばす。
「シ……シロさんっ! はは……っ! 待って! 待っ……! あははははっ! ちょっと! シロさ……!」
シロさんが僕の体をくすぐり始めた。
僕は逃げようともがいてみるけど、全然びくともしない。シロさんの足でガッチリと押さえつけられている。
「シ……シロさんっ! あはははは! ちょっと! もう! ごめんなさい! 降参! 降参っ! あはははっ!」
「……なに言ってんだよ、へなちょこ。遠慮すんなよ。もっと楽しもうぜ?」
シロさんはそのまま僕をくすぐり続ける。
僕は生まれてはじめて、笑いすぎて死ぬかもしれないという恐怖を味わった。
笑いすぎると息ができなくなることを、僕は初めて知った。
死にそうなくらい苦しいのに、くすぐられていると、人は笑ってしまうことも初めて知った。
こんなに苦しくても、人って笑うことができてしまうんだ。そのことに驚いた。
そして生まれてはじめて、僕は笑いすぎで意識を失った。
薄れていく意識の中で、ぼんやり思った。
やっぱり僕、まだシロさんに勝てる気がしないや。




