peace.10-10
「そういえば、シロさんは楽器を弾くけど、踊りは踊るの?」
「んー? ……そうだなあ。俺は自分が踊るより、人を踊らせる方が得意だな」
ぺぺぺん、ぺん♪
「……踊らせる?」
僕が首をかしげると、シロさんはにやりと笑って言った。
「ま、いろんな意味で」
いろんな意味ってどんな意味だろう。
「……あ。そういやあ、へなちょこ。お前、あいつが酔っ払ったの見たことあるか?」
「セリちゃん? そんなにお酒をたくさん飲んでるのは見たことないよ。なんで?」
「あいつ、ベロベロに酔わせると、何でも言うこと聞くぜ?」
――ドキ!
急に僕の胸がギュッとなった。
……セリちゃんが? 何でも言うことを聞いてくれるだって!?
え……? どんなことでも……? いくらでも……?
「おー、変なこと考えてやがるな? ナニさせたいんだ? 言ってみ言ってみ?」
ぺぺん、ぺんぺん、ぺぺぺん♪
楽器を激しめに鳴らしながら、シロさんが僕に寄ってくる。
「ちっ、違う! へ、変なことなんて……! 考えてなんか……!」
「なに言ってんだよ、へなちょこ。顔が赤いぞ? あいつにナニさせたいんだよ? ほら、白状しろよ?」
「違うって! か、顔が赤いのは……っ、よ、酔ったんだよ! だから赤いのっ!」
「なーんでも言うことを聞くぞー? 今のうちによーく考えておけー。でないとへなちょこはきっと、オタオタアワアワしてるうちに朝が来ちまうからなー。
そんで『こんなことならちゃんと前もって考えておけば良かったよお! セリちゅわあん!』って泣きべそかくんだぜ、きっと」
「だからなんでいつもシロさんが真似する僕って、そんなにへなちょこなのさ! 余計なお世話だよ!
……あれ? ちょっと待ってよ……じゃあ、シロさんは……セリちゃんに……何か、させたの……?」
胸騒ぎがした。
だって、シロさんがそれを知ってるってことは、シロさんはベロベロになるまでセリちゃんを酔わせたことがあるってことで……。
つまりそんななんでも言うことを聞いちゃうセリちゃんが目の前にいたら、この悪魔のシロさんがひどいことをしないわけがない……!
シロさんはぽかーんと宙を見上げて考え込んだ。弾いている曲の調子が、その間だけ雑で適当な感じになる。
「たしか……『お前は鳥だ! 飛べ!』だっけかな……。そしたらあいつが……『はい! 飛びまっしゅ!』とか言って崖からダイブしたんだ、たしか」
飛びまっしゅ?
あれ? ダメだ……。ちょっと想像できない。僕の知ってるセリちゃんと違いすぎる。
「シロさん、だますのやめて。
崖から落ちたら普通は死んじゃうから。セリちゃんがそんなことするわけないって」
でも、『飛びまっしゅ』って言ってるセリちゃんはかわいい。ちょっと見てみたい。
「マジで飛んだぜ? 『鳥になりまっしゅ!』とか言って、真っ逆さまに落ちてってさあ。
一応足に縄かけといたから、適当なところで吊ったんだけどさあ、助けてやった俺に向かってキレてんの。この縄のせいで飛べないだとか、ほどけとか。ほどいたら死ぬっつーの……バカだろ?」
シロさんは思い出したのか、くつくつと笑っている。
よほど楽器が好きなのか、シロさんの手は休むことなく曲をペンペンと弾いている。
「……ねえ、シロさんにとってセリちゃんって、どういう人なの?」
ぺいぃぃん♪
急に音が外れた。
「……なら、お前にとってのセリちゃんはどういう女なんだ?」
シロさんがまっすぐに僕を見た。
僕はその目をそらせなかった。
怖いわけじゃないのに、体が動かなくなった。
今まで見たことがないような、シロさんの目だった。
なぜか僕の胸がつんって、苦しくなった。




