peace .10-8
と、ある日――。
「おい、へなちょこ」
「なあに? シロさん」
「……お前、なに笑ってんだよ」
いきなりシロさんが言いがかりのように僕のおでこを指ではじく。
「――っいったぁ! 笑ってないよ! ひどいよ!」
僕はおでこを押さえて文句を言う。僕がシロさんを『はっふん♡はっふん』にして以来、シロさんは機嫌が悪い。
僕に『はっふん♡はっふん♡』言わされたことが悔しくてしょうがないらしい。
だからといって、人のおでこをむやみにはじいていいわけではない。
「小屋見つけた。移動するぞ」
シロさんが見つけた小屋は、ちょっと臭くて散らかってたけど、ちゃんとベッドもあって、調理道具もそろっていた。
たぶん使っていたのは男の人たちだったんだと思う。なんとなく臭いでそう思った。
「こないだの野盗のアジトだったりしてな。
なら、あれだけ深手負わせたし、もうここには帰ってこないだろ。
へなちょこ、ここをもうちょいマシにしな。日暮れまでにな」
「えぇぇぇ?」
思わず不満を口にした僕の首を、シロさんがきゅっとつかんだ。そしてにっこり笑う。
「……お前さあ、毎日腹を空かさずメシが食えてるのは誰のおかげだ? 俺のおかげだろ? 野盗やモンスターに襲われずに生き延びてられんのは誰のおかげだ? 俺のおかげだろ? 毎日……」
「わかったって! やるよ! やるってば!
そのかわり、ごはんの準備はシロさんやってよね!」
僕はシロさんが返事をするよりも先に、小屋の中のシーツや毛布をかき集めて外へ出た。
まずは陽にさらして干そう。
近くに泉があったから、洗濯もしようと思えばできるのかもしれないけれど、前にセリちゃんが日差しが弱いとなかなか乾かないことがあるって言ってたから、今日はやめておこう。
僕が小屋の中を水拭きしたり、小枝を集めたり、薪を作ったり、腐った食べ物の残骸やゴミなんかを燃やしたり、一生懸命働いてる間、シロさんは何をしていたかというと――。
「あー……極楽極楽……」
どこから見つけてきたのか分からない特大の木桶にお湯を入れて、その中で素っ裸になって浸かっていた。
……この人は本当に……っ!
僕はシロさんへの怒りがたまって、頭が痛くなってきた。
「…………シロさんっ!! 何してんの! 僕、ごはん作っといてって言ったよね!?」
「俺はやるなんて一言も言ってねえよ?」
木桶の縁にもたれかかって、シロさんはご満悦だ。もう! 本当に自分勝手なんだから!!
「……シロさん!!」
「怒んなよ。もう俺あがるし、お前も風呂入れよ。いいもんだぜ? たっぷりの湯に浸かるってのは。冷める前に入っちまいな」
……ふ、風呂?
言われるがままに僕も服を脱いで、シロさんと交替して木桶の中に入ってみた。
お湯が絶妙の温度で、すっごくあったまる。
はわわぁぁぁ……。
なにこれ……すっごいあったかくて幸せ……。体が溶けてくみたい……。
前にセリちゃんが、『足だけでもお湯に浸けると疲れがとれるよ』って言ってくれたことがあったけど、全身お湯に浸すって、なんて気持ちがいいんだろう。
どうしよう。このまま寝ちゃいたい気分……。
「あ。用済んだら、その湯でそこに置いた汚れもん洗っとけよ。
へなちょこもさっきまで着てたの洗っちまえよ。着替えはあるんだろ? 今から干せば明日には乾く。任せた」
……いい気分が台無しだ。
僕はていよく洗濯を押しつけられてしまったみたいだ。
やっぱりシロさんが、普通に僕にいいことをしてくれるなんてことはないんだ。
つまり、これは罠だったんだ。
もう絶対にだまされないようにしよう。
僕はいま一度、シロさんへの警戒を強めることにした。




