piece.1-1
1話1000~2000字です。
第1章は虐待の描写がありますので、苦手な方は2章からお読みください。
僕はこの街のゴミだ。
そんなゴミの僕のことなんて、みんな見たりしないし、声もかけない。
ゴミと話せるのはゴミだけ。
だからいま僕が、大きいゴミから殴られ、蹴られ、動けなくなっていても誰も気にしない。
誰も、見ようとなんかしない。
もしかしたら、本当に僕のことなんて、誰も見えていないのかもしれない。
痛みは感じない。痛いのは最初だけ。
いつもそのうち、何も感じなくなってくる。
そもそも僕は今、なんでこんな目にあってるんだっけ?
ああ、そうか。お金をスリそこねたからだった。
……思い出したからって、どうなるわけでもないのに……。
殴られるのも蹴られるのも、僕にとっては飽きるくらいに毎日のことだから、もう僕はいろんなことが麻痺してる。
それとも、ただ単に、死んでいく途中なのかも。
この何も感じなくなる時間が長くなっていけば、きっともうすぐここからいなくなれるんじゃないかな。
このまま、裏通りでガリガリになって死んでたどこかのゴミみたいに、僕もそろそろ死んだらいいのに……。
「――っ痛ってえな! 誰だ!?」
僕の頭を踏みつけていたゴミがどなった。
重たかった足が離れ、ようやく顔を上げられた僕の目の前に、リンゴが転がる。
――食べ物だ!
僕は思わずそれをつかんでかじりついた。
口を開けたときに顔が痛いと思った。
殴られていたからだ。
でもそんなこと気にならないくらい夢中で僕はリンゴをむさぼった。
……あまい。
のどに甘い水が染み込んでいく。腐ってない果物なんて食べるのはいつぶりだろう。すごくおいしかった。
「テメエだな? なんのつもりだ!」
ゴミが誰かにどなっている。
僕も思わず、誰がどなられているのだろうとまわりを探してみた。
するとフードをかぶった人が、静かに一歩一歩近づいてきた。僕の持っているリンゴを指さしながら――。
「リンゴ、そのまま持っていっていいから。
危ないしそこから早く離れてくれる?」
リンゴ、という言葉で、その人が言ってるのは僕の持っているリンゴのことだと気づく。
その人のリンゴだったのだ。
でも勝手に食べてしまったのに、その人は持っていけと言う。僕のことを殴ろうともしない。
ゴミのはずの僕に向かって。ゴミじゃない人が――。
いったいどうして?
「あれ? 聞こえない?」
その人は僕の前にかがむと、まっすぐに僕のことを見つめた。
「危ないからもう行きな? リンゴは持っていっていいからさ」
「テメエ! 無視すんなぁ!」
大きな声のゴミが、フードの人に殴りかかった。
そのあとのことは、僕にはよくわからなかった。
急にその人がぐるんって回転して、しかも逆さまになって、その人の足がゴミの腕に絡みついたように見えたら、ボキってすごい音が鳴った。
ゴミが大きな声でよくわからない悲鳴をあげてのたうち回っている。
逆さまになった勢いでフードが外れ、その人の顔がさっきよりはっきりとわかった。
髪の毛は男の人のように短かったけど、女の人だった。
歳は……もしかしたらレネーマと同じくらいかな。よくわかんないけど。
でもレネーマみたいに化粧もしてないし、息が苦しくなるような強くて甘いニオイもしない。
その人は、僕の知ってる女の人とは全然違っていた。
大きなゴミは、よくわからない大声を上げながら、走って逃げていく。
逃げていったゴミとすれ違いに、今度はさっきのゴミよりももっと強そうな大男が手を振りながらこっちに近づいてきた。
「お! まさかと思ったけどやっぱセリか!?
くっそー! 探したぜ! お前、なにお尋ね者なんかになってんだよ!? しかもディマーズにって……うあ! 痛え! やめろ俺は味方だぞ! 信じろ! な? な?」
その大男は近づいている途中で、セリと呼ばれた女の人にリンゴをぶつけられていた。どうやら二人は知り合いらしい。
セリと呼ばれた女の人は、舌打ちをして「バルのばか……」と小さくつぶやいた。
街の人のざわめきが聞こえる。
「今、お尋ね者って言ってたよな?」
「ディマーズに追われてる人ってこと?」
「え? なになにディマーズって?」
「すっげえヤバいやつ専門にしょっぴく最恐ギルドの一つだよ。お前知らねえの?」
セリと呼ばれた女の人は静かにフードをかぶり直すと、もう一度僕の前にかがみこんだ。ポケットからまたリンゴを取り出し、僕の前に出す。
いったいこの人のポケットには、何個のリンゴが入っているのだろう。
「もう一個、持ってきな?」
ちょっとだけ怖そうな顔が、少しだけ優しい笑顔になる。
僕がおそるおそるリンゴを受け取ると、その人は今度は僕の頭に優しく手を置いた。
殴られるのかと思い、僕はとっさに目をつぶって歯を食いしばった。
「痛かっただろ。痛いのとんでけ、しとくね」
僕の体が不思議な温かさに包まれる。言われた通り、僕はもう痛くなかった。
魔法みたいだ……。
僕がお礼を言わなきゃとようやく気がついて顔を上げた時には、セリと呼ばれた女の人は、バルと呼んでいた男の人と一緒にすでにずっと先まで行ってしまっていたあとだった。
今まで一度も見たことのない二人だった。きっと旅人なのかもしれない。
僕はもらったリンゴを、他のゴミたちに盗られないように大事に両手で持ちながら、ゆっくり食べられそうな隠れ家を探すことにした。