【8/25後書に4300字小説追加】Chevalier~新進気鋭のアイドルグループは前世で愛し合った姫君を探しています~
『貴女は今、何処に居ますか? ……俺はここに居て、貴女を待っています。また今年も、貴女に逢えるかもしれない日が来ましたね。俺は待っているから、姫。俺の姫。どうか、逢いに来て――』
お前は何だ、七夕の彦星かとでも言いたくなるような台詞と共にテレビ画面いっぱいの男のドアップ。
直後に字幕で『11月28日、Chevalierセカンドライブツアー開催決定! チケット予約受付まであと二日!』の文字が表示される。
仕事の昼休憩に見る昼間のワイドショーは、今のコーナーはアイドルをゲストに呼んで宣伝をしているようだった。
ファンの間では顔面国宝とも言われている三人組のアイドルのグループ名は『Chevalier』、通称シュバ。騎士を意味する外国の言葉を冠したその三人はデビューと同時に、アイドルファンの話題を掻っ攫っていった。
フィクション作品によくあるような意表を突いた設定というものはアイドル界にも付け足されているらしく、そのシュバ某とやらは現実離れした設定を引っ提げて世に出てきた。
曰く――『自分達は前世で騎士だった。その時に愛し合った姫君を探して現世でアイドルをしている』。他の男が本気で言っていたとしたなら数年後に黒歴史として思い出すたび悶絶しているような内容だ。
あたし――孤島 晶は、食事と一緒に買って来たタピオカを食後の楽しみに飲みながら白けた顔でテレビを見ている。生まれ持っての茶色に寄ったセミロングの癖毛は、先日縮毛矯正を掛けたお陰でうねりが殆ど無い。
「っぶははっ。なんだ今の! 相変わらず夢売ってるねー、二次元を現実に持ってきたような事言ってさ!!」
そしてあたしの目の前で手作り弁当を頬張りながら笑っているのは、仕事の先輩であり科の主任でもある星野 花凛。まだ若いのだが、酒を愛する彼氏いない歴年齢の干物。男に相手にされないような外見ではないが、あたしが観測しているすべての男からの誘いを断っている。
「仕事が楽しいから男に構ってる時間はない!」なんて、自虐的に干物女なんて呼称を使っているのによく言える。
「先輩、シュバ嫌いでしたっけ」
タピオカを吸いつつ、机に肘をついて先輩に声を掛けてみる。
先輩は美人だ。確かにミスなんとかと比べれば多少は劣るかも知れないが、驚くことにその『多少は劣る』顔はほぼすっぴんである。切れ長二重の目と、黒々とした長く細い髪。小ぶりでも高さのある鼻と、胸が慎ましいという欠点を除けば細くて庇護欲さえ掻き立てる体付き。
そんな彼女が今まで恋人がいない事自体が不思議ではあるのだが。
「んー? ……いや、その、嫌いって訳じゃないんだけどさぁ? 見てて痒くならない?」
箸の後ろで指すのはテレビ画面。休憩室備え付けのそれは安物の32インチ。そこに映っている男の顔は今は三人だ。丁度Chevalierのメンバー全員が画面に入っている。
ひとりめ、神孫子 右一。このグループのリーダーである二十歳。一番アイドル商売の何たるかを分かっていて、先程の顔面ドアップと共に次元を間違えた台詞を吐いたのがこの男だ。普段も明るく爽やかを売りにしていて、騎士というより王子様然としたファンサービスに人気がウナギのぼりだとか。短い黒髪をオールバックにしていて、ステージでは額から流れる汗もよく見える。見たくないけど。
ふたりめ、十河 伍貴。テレビによると、一番年が若くまだ未成年だというのに他の二人に比べれば頑固で融通が利かないらしい。先日三人で焼肉に行った際、勝手に焼肉奉行をやって他メンバーを困惑させたそう。茶の癖毛を短めに揃えた男で、顔立ちは美形に分類されるが吊り目が物語っているかのように神経質。ソロ曲は声を張り上げた歌が多く、アカウントを開設しているSNSではハッシュタグを使って『今日ののど飴』という投稿をしている。
さんにんめ――シロガネ。この人物は芸名をそう称し、本名を語らない。まぁ先述の二人も本名であるという保証はないのだが。男でありながら背中まで届く長い黒髪を有しているが、肩を過ぎたあたりでその髪を白に染色している。本人へのインタビュー記事では銀色のつもりなのだとか。この男は三人の中でミステリアス担当らしく、滅多に喋らない。話によると、話を向けても口を開くまでの思考時間が長いのでカットが多いのだとか。どうでもいいわ。
そんな三人がデビューして僅か三年。
大手プロダクションから鳴り物入りで飾られたデビューとはいえ、今の人気は飛ぶ鳥を落とす勢いになっている。
「痒く……なりますね。聞いてて恥ずかしくなる。伍貴はまだ十九歳とかっていう話だけど、他の二人成人でしょ。二十過ぎてそんなんでいいのかなって思っちゃいますね」
「……晶、年齢まで把握してるの……。ごめん、晶がそんなこいつら好きだったなんて知らなくて酷い事言ったかも」
「んーん、いいんですよ。好き……っていうか、まぁ、どうしても耳には入ってきちゃうんで」
「そうだね、こんだけ人気なら仕方ないよね」
実際その怪しい設定がウケてしまったらしく、社会現象一歩手前まで人気が出てしまった。特に前世や運命の恋に夢見る年頃の十代や、仕事に疲れた自分を姫君扱いしてくれると錯覚してしまう二十代後半は熱狂的なファンが多い。三人組がそれぞれ姫を名乗る人物からストーカー被害に遭ったのも一度や二度ではないらしい。ストーカーの中に男性もいたという話だから驚きだ。
「んでも、先輩はこんな風に姫扱いされたいとか思わないんです? 興味少しでもあるならチケット用意しましょうか」
「は? ……チケットって、デビュー三年目のドームなのに競争率凄いって聞いてるけど。なに、関係者でも身内に居るの?」
「身内にはいません。身内じゃないけど……まぁ、因縁があるっていうか……」
「因縁? なんだそれ」
弁当を完食した先輩は手を合わせ、「ごちそーさまー」と気の抜けた声を出す。
その時にはテレビもゲストの出番が終盤になっていて、最後のコメントを一人ずつ残すタイミングとなっていた。
『それではお一人ずつ、今回のコンサートに向けての意気込みをお伺いしたいと思います。右一さん、伍貴さん、シロガネさんの順番でお願いします』
『はい。……えーと、俺の姫君。貴女の為に歌うから、どうか聴きに来てください。最高の時間を約束します』
『……ん、……ぼ、僕の姫。もし聴いてくれるのなら、僕にとってこれ以上嬉しい事はない……から、……どうか、一緒に楽しい時間を過ごしましょう』
『――』
三人目の番になった途端、急にテレビのチャンネルが変わった。
「あー!!」
「あー? 悪い悪い、見てたのかよ。お前らさっきからあいつら扱き下ろしてたから興味ないんだと思ってたわ」
同じ部屋で昼食を取っていた別部署の課長がリモコンを持っていた。思わず吠えたら、課長は肩を震わせていたが特に悪びれも無くチャンネルを変えた先のニュース番組を見ていた。
あたしが叫んだのを、先輩は驚いた顔で見ている。見開いた瞳を瞬かせて。
「……晶、やっぱり好きなんじゃん……」
「違う! あたしシュバだけは好きじゃないしっ! 先輩、なんで先輩はシュバにときめかないんです!? 先輩を姫扱いしてくれるの最早シュバだけでしょ!?」
「………前後で言葉が矛盾してない……? 晶が好きじゃないモンどうしてアタシが好きにならなきゃいけないんだよ……」
先輩のその顔だけは変わらないのを、あたしだけは知っている。
「姫扱いって言ってもな……。画面越しで一方的にしか面識ない相手から姫って言われても何の感慨も無いし……それに」
「それに?」
先輩が先輩じゃなかった頃から、変わらず綺麗な事を知っている。
「アタシ、姫なんかじゃないし」
先輩が『姫君』ではなく『騎士』だった頃から、あたしは先輩を知っている。
Chevalierが語る前世の話を、あたしは知っている。
というよりChevalierのメンバー全員までもを知っている。
リーダーを務めるあの男が、前世では本当に王子騎士だった事も。
最年少であるあの男が、あの中では前世で一番年上の堅物な騎士だった事も。
ミステリアスだかなんだか知らない担当の男が、前世で愛し愛されたのは『姫君』ではなく『女騎士』だってことも。
そして実は先輩が、その女騎士だったってことも。
全部、この場に居る中であたしだけは知っている。
「……もし先輩が、あの中の誰かの『姫君』だったらどうしますか」
「あー? 無い無い。探してんの姫なんでしょ。アタシは絶対違うから大丈夫」
「……なんで」
「なんでって」
問いに答える先輩の声は、諦観を含んだ小さい音だ。
「自分を姫だとか、特別扱いして考える時期はもう終わっちゃったからな。今日も明日も明後日も、アタシは自分で弁当作ってそれを昼に食べる慎ましい一般市民だよ。姫と騎士がいるような綺麗な世界も、……血生臭い世界も、『今のアタシ』が住んでる世界とは無縁なものだからさ」
アイドルの話をしていて、血生臭い――なんて、普通は言わない。
あたしはその言葉に含みを感じて、一瞬飲んでいたタピオカを取り落とす。その隙に、先輩は弁当を持ってきた時と同じようにハンカチで包み持って行ってしまった。
「そんじゃーコーヒーで一杯やって戻ろうかねー。午後からの発注どうなってるかなー」
「え、あ、ちょ! 先輩!」
「晶も気を付けろよー。今から外回りだろ、残暑厳しいから油断するなよー」
逃げるような素早さで休憩室を出て行った先輩は、仕事中は私語に滅多に答えてくれない。
聞く機会を逃した私は、逃げられた悔しさに臍を嚙むしか出来なかった。
Chevalierが掲げているアイドルグループとしての誓約に、こんなものがある。
『姫君を見つけたメンバーは脱退する』。それは事実上の恋愛禁止の約束なのだが。
その時より二年を待たずして、メンバーがひとり減る。
それを機に、Chevalierは数多くの女性たちに惜しまれながらも解散した。
~アイドルグループChevalier結成三年目のある日~
「……………ぐあああああ……!」
「いつきー、うるさいぞー」
それは三人しかいない楽屋での事だ。
やっとテレビ番組のゲスト出演が終わり、あとは帰るだけになった楽屋でメンバーの伍貴が床を転がり悶絶している。
「うるさい……? 煩いだと? あんな全身むず痒くなるようなカンペ読まされて苦しんでる僕に煩いだと!?」
「煩いから煩いって言ってんだよ。そのカンペ書いてやったのこっちなんだから、少しは俺を労って静かにしてくれ」
「あの! カンペの!! 何処に感謝する要素があるっていうんだ!? えぇ!?」
「喧しい」
言い争いをしている伍貴と右一を横目に、シロガネが一言で切り捨てる。シロガネの座る席に置いてあるペットボトルのお茶はもう空っぽだ。
「もう帰るだけなんだろう、体力を此処で使い果たしてどうする。オレももう帰れるなら帰りたい」
「……そうは言いますが、シロガネさん。マネージャーまだ来ないしそもそもあんなカンペ読まされてシロガネさんは嫌じゃないんですか」
「あのカンペはオレが自分で書いた」
──「オレの姫君。本当は今すぐ逢いたい。抱き締めたい。必ず君を見つけてみせるから、どうか逢いに来て」
これを地上波で言えるくらいにはシロガネの肝は座っている。
「は!? シロガネさんが!? あのカンペを!!?」
「どうだ伍貴、前のコイツじゃ考えられないだろ。お前くらいだよ、昔に囚われてうだうだ言ってんの。今はお前が一番若いのにそんな頭固くてどうする」
「……………昔は柵に囚われてばかりだった右一の言うこととは思えんな。あれだけ逃げたい市井の民になりたいもう王家嫡男など嫌だと、僕と『あいつ』がどれだけ泣き言を聞かされたか」
「だろ? 俺アイドル天職かも。民衆はどうやれば耳を傾けるとか色々叩き込んでくれた元父上に感謝だな。今頃何してるのやら。……いや、知りたいのはそっちじゃないけど」
確かにグループ内で一番の人気を誇る右一の輝く姿は伍貴もシロガネも認めるところだ。生き生きと砂糖菓子のように甘い言葉をカンペ無しで連ねる辺り、過去の訓練の賜物だと思わせられる。
頭でも煮えてんのか、とか、厨二病は未成年のうちに治しとけよ、とか、俺の彼女がシュバの右一担になって俺に右一っぽい台詞言えとか要求してくる死にたい、とか色々ネットで言われているChevalierだが、その厨二病的過去が事実と知るものは極少数だ。
「………姫でもないのに『姫君』を探している……などというキャッチコピーをつけたのが悪かったのでは無いだろうな」
「何言ってんだ? 前世で結ばれた相手を姫君とでも呼ばないと民衆は食いつかんぞ。騎士が騎士探してます、って言ってもロマンスとして通じんだろ。迷子かな? はぐれたのかな? ってなるぞ」
「ロマンス?」
「食い付くのは夢物語と恋物語、献身と自己犠牲。あとは高慢な人間の凋落とか野心溢れる立身出世物語? あと昔みたいな剣と魔法が日常にある話とか本当好きだよな」
喉を鳴らして笑う右一は、フィクションとして好まれる話の例を出してみる。その表情には嫌みはなく、寧ろそういったものも含めて好んで見聞きする立場としてキラキラした顔を今でもしている。
不愉快そうに眉をしかめているのは、そういったサブカルチャーに理解がない訳ではないが引き摺るようにグループに加入させられた伍貴。
「………姫君でも何でもいい。こんな辱しめを受けて三年経つのにまだ姿を見せないアイツは………何処で何してるのだろう」
シロガネの言葉に、右一も伍貴も黙り込んだ。
売りにしている『前世は騎士』『愛し合った姫君を探している』は半分以上は嘘ではない。三人は三人とも、似たような記憶を共有していて前世で面識があった。関係を詳細に説明すれば複雑怪奇で、一度で全部理解して貰おうなんて絶対無理だ。
前世の因縁を、今世でも引きずっていていいのかと考えたことはある。
前世では三人とも、幸せな事ばかりがあった訳ではない。立場も、柵も、私生活も、今と比べると遥かに灰色だった。現代では人権も死なない生活も保障されて、アイドルとしての評価も受けて人気も出ている。このままスキャンダルも出さずに芸能界で暮らしていければ、きっと三人の人生は安泰だ。
Chevalierはアイドルグループとして、ファンへの誓約に掲げている事が有る。
『姫君を見つけたメンバーは脱退する』。
事実上の恋愛禁止の誓約があっても、ファンの一部はメンバーとの恋愛を夢見ているし前世で縁があったと本気で言い寄ってくる。「私があなたの姫よ! 逢いたかったわ!!」なんて、臆面も無く。
その度に三人は、本当に愛する人が現れたのかと一瞬だけ期待して、そして期待を裏切られる。
愛した女は、そんな事を言う人ではないから。
「……逢いたいと、もう一度愛して欲しいと思っているのは……一方通行の願いなのだろうか。テレビに出て有名になりさえすれば、アイツの目に留まるなんて……思ったのが間違いだったのかもな」
「……シロガネ、そんな事言うなよ。もしかしたら、実際に逢わないと思い出せないだけかも知れないし。俺もお前も、あいつらがコンサートに来るようにこうして人気が出るように頑張ってるし、お前だって苦手な歌もダンスも頑張っ、……く、ふふっ。頑張って、が、がん」
「…………何を笑っている」
「お前本当音痴だったよなぁ!? どうしたらあそこまで音が外れるんだ!? 今はなんとかマシになって来たって言っても、お前ネットでなんて叩かれてるか知ってるか!?」
「見知らぬ人間からの悪評は受け付けん」
「音痴の癖に滑舌だけはいいんだから不思議なもんだよなぁ……『地蔵が地均ししながら何か言ってる』なんて書き込み見たときは腹が八つに割れるかと思った」
「割ってやろうか」
右一は手を挙げて降参の意思を示す。その顔が笑っているままなのでシロガネの不興を買うのだが。
「……二人とも、それはともかくそろそろ帰る準備をしないと……。次の雑誌取材まであと一時間ないが」
「はいはーい」
気を許した戯れも程々に、右一が気楽な返事を返す。その返事を受けた伍貴は複雑そうな顔だ。
片付け始める二人を横目に、移動準備が出来た伍貴はふと自分の携帯に目を留める。
通知を知らせるランプが光っていた。色は緑。
「………」
「どうした伍貴?」
「いや、少し出て来る。多分身内からの連絡だ」
ハードケースを着けただけの、露わになっている暗い画面を握りこんで、伍貴が楽屋を後にした。
『From:にゃんにゃんちゃん
本文:お姉ちゃんだよ☆
コンサートに持って行くお花の事で連絡があるから時間できたら連絡欲しいな☆』
今時メッセージツールアプリもあるというのに時代遅れのキャリアメールで連絡してくる『お姉ちゃん』から送られてきた本文は、伍貴に再び頭痛を起こさせる。
お姉ちゃん、と本文にはあるが伍貴には姉はいない。面倒臭いので、メール画面はそのまま閉じて電話を掛ける事にする。
一回、二回、三回のコールが鳴る時に相手が出た。発信相手は『にゃんにゃんちゃん』になっている。
『……ん、……ぼ、僕の姫。もし聴いてくれるのなら』
「張り倒すぞ貴様!!!!!」
出たと思ったら向こうから流れてきたのは、昼間に出たテレビで読まされたカンペの台詞だ。
伍貴が携帯に向かって怒鳴り上げると、今度はキャッキャと楽しそうな笑い声が聞こえて来る。
『そう怒らないの。眉間の皺、今度こそ出来ないようにしなよ?』
「……お前が悪戯ばかりするからだろう。全く、悪知恵の働く輩に文明の利器などというものを持たせたらろくなことが起きないな」
『年上に向かって、お前、なんて言い草は無いんじゃないの? ……それより、メール見てくれたんだよね』
「見た。……それよりも何だあの差出人通知は。この前僕の携帯触ってたと思ったら悪戯したな? 見られたらそれが誰でも怪しまれるからあんな悪戯は止めないか」
『にゃんにゃんちゃんからのメール嬉しくないって? ……それはそれとして。今時間大丈夫なんだよね』
「ああ」
にゃんにゃんちゃんこと、孤島 晶。この人物は、Chevalierのデビューと同時に真っ先に伍貴に連絡を取って来た人物だ。
その時の事を伍貴は鮮明に覚えている。Chevalierにしか分からない暗号のような言葉を選んで、他の者には内密にと念を押しながら。
顔を合わせた晶は前世の面影こそ薄れていたが、少し言葉を交わして見えたのは気を許した彼女そのものだった。
『先輩、コンサートに連れて行くから。……ステージから遠い席、取って貰える? なるべく、そっちからは見えにくいところがいいな。多分、先輩警戒してる。わざとか無意識か分からないけど』
「先輩……!? ということは、あの方がついに!? これまで小規模ライブもイベント観覧も渋られていたと聞いていたが……!」
『うるさい、大声出さないで。あたしの鼓膜破れるしあいつらに聞かれたらしばき上げるよ』
「席は取っておこう。ついにあの方がコンサートにいらっしゃるというのか。……ええと、今は何という名前だったか」
『花凛。呼び捨てにするんじゃないよ、今でもあたしより年上なんだからね』
「う、ううむ……。しかし、今の生を受けてから大分経つが未だ慣れないな。カリン……なんとも呼び慣れん」
『何言ってんの、そんなに昔の名前で呼びたきゃ呼べばいいだろうに。いよいよ頭おかしい奴ってネットに書かれるのがオチだね、見つけたら笑ってスクショ送ってあげる』
「……勘弁してくれ」
電話越しの晶の声は弾んでいる。
『そんじゃ、チケット取れたら連絡頂戴。あたしらが今居る所から一番近いドームにしてよね、あたし遠征する気ないからそこんとこ宜しく』
「……分かっている」
『吉報を待ってるよ、――兄貴』
言いたい事だけ言って、通話は途切れた。
規則的な電子音だけが聞こえるようになって、伍貴は溜息を吐いて天井を仰ぐ。
電話の相手、晶とは前世で兄妹だった。これもまた一度で説明すると難しい仲なのだが、関係性は今も昔も悪くない。
それが今は、先に生まれたから今度は自分がお姉ちゃん! などと――。こういう奔放なところも変わっていない。
「……あの方がいらっしゃるのか」
あの方というのは、Chevalierにとっての姫君のひとり。
伍貴は携帯の暗くなった画面に視線をやると、自分の今の顔が反射されているのが見えた。
生まれ変わり、などというものを信じる性質ではなかった。なのにそれがどうして、元居た世界とは違う場所で生を受けたのか。
それも、知り合いさえ伴って。
「……晶、お前も覚悟を決めるのだな」
伍貴の言葉は含みを持たせているが、それを聞き届ける者は今はいない。
もう一度携帯を握りこんで、来た時と同じ様に楽屋へ戻っていった。




