最恐
「来るよっ!」
ミオはそう言って身構える。相当な警戒態勢だ。
「…おや。」
すると、その男は空中でストップし、ミオをまじまじと見つめた。
「ほお、なるほど。そういう事でしたか。」
「??」
見つめられている本人は、警戒しつつも不思議そうに男を見返す。
「悪魔の再来、という訳ですね。」
「はい?」
ミオが聞き返す。それを華麗に無視すると、男は言った。
「今回ばかりは見逃してあげましょう。しかし次はないと思うことです。
…覚悟しておきなさい。」
そう言った次の瞬間には、男は姿を消していた。
「ちょ」
「え」
周りを見渡したが、男はいない。
「逃げられたか…。」
ミオは悔しそうに唇をかむ。
それはさておき。
「颯真!」
「兄ちゃん!早く!」
颯真はその場でバタバタともがく。
俺は結び目をいじって、何とか紐をほどいた。
「無事か?」
「うん。」
颯真は真っ赤になった手首にそっと触れながら、恥ずかしそうに笑う。
それからすぐに真顔になって、俺たちに言った。
「あいつ、変なんだ。」
「どういうことだ?」
「詳しくは戻ってから話す。」
「あ、そういや梨鈴ちゃんは?」
ミオはふと、俺たちに尋ねる。
そういえば、さっきから姿を見ていない。
と。
「う、うわああん!」
「り、梨鈴!?」
ミオは慌てて立ち上がると、声のする方へ走り始めた。
俺と颯真も、後に続く。
林をくぐり抜けて、その先に、
「み、澪様あ…」
べそをかいた、梨鈴がしゃがみ込んで泣いていた。
「どうしたの?」
ミオが尋ねる。理由は言うまでもない。
「み、皆様が無事で帰って来られなかったら、どうしようと、心配になりまして…」
「そう。心配してくれてたのね。ありがとう。」
ミオはゆっくりと微笑む。リリは泣きながら、二っと笑った。
「それで、変ってどういう事なんだ?」
リリの家に戻った後、おれは颯真に尋ねた。
「あのね。少し信じがたいことなんだけど……」
颯真は深刻な表情で言った。
「あの長髪の男、気配が全くなかったんだ。」
「「??」」
俺とミオは揃って首を傾げる。
「それは、どういう?」
「生きているものなら、どんなものだとしても気配は必ずあるんだ。でも、あの男は気配が少しも感じられなかった。あんなの初めてだ。」
「だから、お前は捕まったわけか。」
「フムフム。」
俺はあの男の姿を思い浮かべた。気配があるかないかは、よく覚えていない。
生きた心地がしなかったのは、覚えているが。
「それはともかくとして。」
ミオは身を乗り出して言った。
「あの男、きっとあの紫の目の奴らのボスだよ!友達って言ってたくらいだし。」
「そうだろうな。」
「そうでしょうですね。」
「…ちぇ。」
面白くなさそうに、ミオは鼻を鳴らす。
「俺、それよりも気になってることがあってさ。」
「何?兄ちゃん。」
「あの男、ミオを見たとき『悪魔の再来』とか言ってたじゃんか。それが、ね。どういうことなのかなーって。」
「ああ、そういえば。」
「そう、なのですか?」
みんなの視線が、ミオに集中する。
「ミオ。心当たりはあるのか?」
「うーん。ごめんけど、全然。」
「そうか…。」
俺はガックリと肩を落とす。
正体が分かれば、魔法界でなにが起こっているのか少なからず分かると思っていたが、そう思うようにはいかないか。
俺たちは揃って、溜息をついた。
「ただいま戻りました。」
とある屋敷の中心部、長髪の男はそう言って跪いた。
「・・・処分はできたか。」
その奥で、何者かがそう尋ねる。
「申し訳ございません。一時は処分できる寸前まで奴らを追い込んだのですが。」
「理由を述べよ。」
「実は、終盤に…。」
男は震える声で言った。
「悪魔が…、この世界の悪魔が、姿を現したのです。」
「!!」
奥にいた人影はガタンと音を立てて勢いよく立ち上がる。
「まさか、生きていたというのか?」
人影は言った。
「この世界を破滅に導いた、『最恐の魔女』が……。」