2話 ネゴシエーション
いくつもの扉を通り二人の兵士が警備する大きな扉の前に来た。
ここに来るまでにも巡回中の兵士を見たが扉の前の二人は他の兵士にはなかった腕章とただならぬ雰囲気だった。
「ミュヒテン王国王室専属魔女グイダ、ご命令の通り異世界人を連れて参りました」
「入りたまえ」
扉の向こうからの声を聞いて兵士達が扉を開けた。
開けてすぐに幸太はグイダの後に続いて部屋に入ろうと兵士達を横切る。
ジロリ
兵士達の視線が幸太に突き刺さる。
扉が閉められるまで、それは続き閉められてからは部屋の中に居た者達が幸太を見つめる。
広くて豪華な作りの部屋にふさわしい身なりの良い上品な男性が三人。
映画のワンシーンのような威厳のある佇まいで思わず息を呑む。
中央にある立派な椅子に腰掛けている男。
その後ろに立つ二人は執事のような格好の男と、どう見ても似合ってない赤い大きなリボンを頭に付けた男が居た。
深刻そうな表情で鋭い目つきが、ことの重大さを物語っていた。
うん、帰りたい。
到着するまでに覚悟はして来たが、正直この視線はキツい。
ただ見るのとは違い好奇の視線がとても恐ろしい。
あがり症には殺人光線と同等の威力がある。
椅子に腰掛けたままで初老の男性が口を開いた。
「はじまして異世界人よ。 わたしの名はガトー・リリ・ギルカーナ・ミュヒテン。 この国の国王である。 そなたにはこの国の危機を救ってもらいたく………………ところで顔色が悪いが大丈夫か?」
「いえ……大丈夫ではありません……できれば水を一杯頂けないでしょうか…」
幸太の顔は緊張のあまり血の気が引き青白くなって、今にも倒れそうだった。
王様との初対面で最悪のコンディション。
これ以上ないくらいに印象が悪い。
就職面接なら不採用案件で次の日に絶望して引きこもりになる未来まで想像していた。
気がつけば椅子と小さなテーブルと水が入ったコップが用意された。
親切に国王の後ろに居る執事のような初老の男性が手際よく別室から運んで来てくれたようだ。
ありがたい気持ちでいっぱいだったが、今わそれどころじゃなくふらふらと用意された椅子に腰掛けた。
一緒に来たグイダは幸太の心配をするわけでもなく斜め後ろに居た。
「ごくごく、ぷはぁぁぁぁ。 すうぅぅぅぅはあぁぁぁぁ、すうぅぅぅぅはあぁぁぁぁ」
王様の目の前にもかかわらず勢いよく水を飲み干して深呼吸をする幸太。
やけにうるさく聞こえていた自身の鼓動が静かになっていった。
だいぶ落ち着いたようだ。
こんなにも早くに落ち着けた理由は明白だった。
先程まで好奇の目で見ていた彼らが今ではすっかり別の目をしていたからだ。
ここぞという大事な場面で醜態を晒したために、不安と哀れみの視線に。
結果的には良いのだろうが、何でだろう素直には喜べない。
緊張は薄れたもののプライドはズタズタだった。
「だいぶ顔色が良くなったようだな、話しを続けても良いか? とても重要な話しになるので体調が優れないならば日を改めるが」
「いいえ、大丈夫です。 お気遣いありがとうございます」
「そうか、ならば話しを続けよう。 そういえばそなたの名をまだ聞いてなかったな」
王様に言われて直ぐに立ち上がろうとする幸太。
「ああ、そのままで良い。 無理をするな」
優しく王様は幸太を制した。
「では、このままで失礼いたします」
座った状態で姿勢を正すと幸太は自己紹介をし始めた。
「霧丘幸太 十八歳。 ごく普通の大学生です。 趣味は読書で、特技は料理を作ることです」
上手い言葉が出てこない。
バイトの面接の自己紹介になってしまった。
「うむ、キリタニコウタよ。 そなたにはこの国の命運がかかっている。 どうか力を貸してはくれないだろうか」
時間はかかったがやっと本題に入れそうだ。
いや、すべてザコメンタルの俺が悪いのだが…………
考えるとまた気持ち悪くなりそうになるが、気持ちを切り替えて王様の話しを聞くことにした。
この後どんな無理難題を押し付けられるか。
話しが終わるまでメンタルが生きてられるといいな。
「まずは、そなたを召喚した経緯を説明しよう。 約二十年前に我が国の王室魔道具『予言の鏡』が未来、すなわち今日の召喚と今から一年後のこの国の最大の危機を予言したのだ」
ノストラダムスのような鏡だな。
本当に予言が当たるのか心配なる。
大変なことになりそうだから当たって欲しくはないが、わざわざ召喚されて間違えでしたじゃ冗談でも笑えない。
これでただの取り越し苦労だったら、その鏡を容赦なく割ることを心に決めた幸太だった。
「危機を乗り越えるには今日この日に召喚されし者が必要とも書かれており、そのため長い年月をかけ王室専属魔女に今日までに用意を整えさせ召喚に成功したというわけだ」
つまり異世界召喚するには時間がかかると言うわけか。
幸太だけでは力不足でも別の人を召喚するという手は使えない。
しかも予言に選ばれた者にしか救えないと言う条件付き。
悲しいかな幸太には召喚された時点で拒否権はないようだ。
「無関係のそなたを巻き込んでしまったのは申し訳なく思っている。 しかし予言が断片的で情報が少なく他に打つ手がないのだ。 もちろん必要な費用も人材も用意しよう。 成功の暁には報酬も出す。 頼む、そなただけが頼りなのだ」
どこの馬の骨だかわからない俺なんかに王様自ら話し懇願するくらいに状況は逼迫しているのだろう。
国を危機から救う方法はわからないが、職なし、金なし、帰る所なしの幸太には都合の良い話しだ。
だがしかし。
「無理です。 ごめんなさい」
幸太は座ったまま頭を下げ、王様の話しを聞き終えると同時に幸太は全力で拒否した。
当たり前だけど、俺がこうなった原因はコイツらなのに「困ってるから助けて」なんて言われても嫌に決まっている。
むしろ俺の方が困ってるんですけど、誰かさんたちのせいでねぇ。
表情には出してないが幸太は怒っていた。
「…………………」
こんなにストレートに断られるとは思っていなかったのであろう長い沈黙があった。
幸太の言葉を聞いて顔をしかめる王様は再び口を開いた。
「何故だ、悪くない条件のはずだ。 理由を述べよ」
顔こっわ
先程までとは違い眉間にシワをよせて鋭い目付きでこちらを睨む王様。
幸太は恐れず王様の目を見て言った。
「じゃあ遠慮なく言わせてもらいますが、何の取り柄のない普通の人間の俺では国の危機を救う力があるとは思えない。 それどころかいきなり異世界に召喚されて不安と混乱で心身ともに弱っている状態だ。 先程の話しで成功報酬と言いったが、こちらとしては無理矢理に巻き込まれて今までの人生を棒に振ったも同然なんだから、それ相応の対価を貰うのは当然だと思うんだが? それとも無関係の人間を大義名分で呼び出して都合よく働かせるのは、この世界では当たり前なのか?」
「………………」
また黙り込む王様。
急に強気な発言で痛いところを突かれ返す言葉がないようで考え始めた。
至極当然のことだと思う。
これでも王様が相手なので、できるだけオブラートに包んで言ったつもりだ。
何ら特殊な能力があるわけでもないのに、今の話で直ぐに了承するのは余程の自信家か何も考えてないバカくらいだ。
いくら国を守るためとはいえ別の世界の俺には大迷惑以外のなにものでもない。
王様が答えを出す前に幸太が先に動いた。
「……けれど起きてしまったことを今更言っても元の世界には帰れない。 そちらにもそれなりの事情があってのことなので今回は大目に見よう。 そこで俺としてはいくつかの条件と願いを叶えてくれるなら協力しなくもない」
「うむ、ではその条件と願いとはなんだ?」
王様の言葉を聞き薄く笑みを浮かべる幸太。
右手を顔の前に上げ人差し指を立てる。
「条件その一、俺の身分の保護と保証人になってもらうこと。 もちろん一年後の危機を乗り越えた後もそれらは継続し残り続けること。 条件そのニ、危機とやらを乗り越えるまでは金と情報、知識など必要になるものは、そっちで用意し提供してもらう。 条件その三、俺の行動の自由だ。 そして、この三つの条件は正式な契約として書面に残すこと。 これが俺がこの国に協力する条件だ」
なんら難しいことは言っていない何故なら先程の王様の提案を具体的にしただけだからだ。
重要なのは最後の書面のところ。
最初の王様との会話でずっと気になっていた。
何ひとつとして王様が約束を守る保証がないことだ。
口約束ほど当てにならないものはない。
俺はそれを痛いほど理解していた。
「良かろう、条件を呑もう」
王様は迷うことなく条件を呑んだ。
よっぽどの無茶な条件ではない限り王様は断りはしないのは幸太はわかっていた。
いや、無茶でも了承せざるを得ない。
だって彼らには他に打つ手がないから。
つまり一国の王様の地位とか関係なく唯一無二の異世界人の俺の方が交渉するのに優位にあるのだ。
そのことに気がついたから俺は強気な態度にも出れたというわけだ。
「それで願いの方は何か?」
条件がさほど難しくなかったからか王様の怖かった顔が元に戻っていた。
そのままでも普通に貫禄があって怖いけど。
けれど、それに負けてない怖い顔で幸太は語り始める。
「願いごとそれは、俺の夢を叶える手助けをすること。 元の世界で俺は夢を叶えるために必死に勉強して難関大学に合格したのに異世界に召喚されて苦労が水の泡。 しかも夢にまで見たキャンパスライフも青春の甘酸っぱい思い出も全て無し。 貴方達に俺の悲しみが理解できるか!」
途中から怒りを爆発させ拳を震わせながら立ち上がる。
「答えは、否! 決して理解できるものか! 俺の目指した夢も青春も、この手にすることは絶対にできなのだから………。 ぜっっっったいにぃぃぃ!」
流れ出した感情は自分自身でも止められなくなっていた。
最後には目に涙を浮かべ王様を睨む。
「ゔぅ」
恨みのこもった表情の幸太を見てたじろぐ王様。
人生を台無しにした罪悪感からか、それとも恐怖からなのか沈んだ表情になっていった。
「そなたには本当に申し訳なく思っている。 わたしの不徳の致すところだ。 ミュヒテン王国の国王、ガトー・リリ・ギルカーナ・ミュヒテンの名にかけて誓おう。 全力でそなたの夢を叶える手助けをしよう」
王様の謝罪の言葉を聞いて落ち着きを取り戻す。
そのまま何事も無かったように椅子に座ると本題の夢の話しをした。